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【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く②〜学び舎・ 前編〜

「皆さん、コンバンは~。今夜は廃校を探検したいと思いま〜す」
 いかにも軽薄な間延びした声は、「俺は今、変なコトをしていますよ」という自己満足と欺瞞に満ちた演出に彩られていた。
「ちょっとカメラ止めてぇ!オネェさんも楽しそうな顔してくれないと!そういうのも視聴者に伝わるんだよ」やたらと大げさな身振り手振りで騒ぐ城ヶ崎慎吾に霧江は「はぁ」と、殆ど溜息の返事を返した。初夏の蒸し暑い夜、《聴き屋》であるはずの囁聞霧江は動画投稿者をなのる城ヶ崎慎吾のカメラマン兼助手として廃校に来ていた。城ヶ崎が霧江に連絡を取ってきたのは先週末だった。


 以来のメールがあり、霧江はいつもの喫茶店へと来て、いつものジンジャエールを注文していた。彼女の仕事は《聴き屋》。《聴き屋》は聴くだけ。依頼人の悩み、愚痴、他言無用の秘密など。童話《王様の耳はロバの耳》で語られるように、人間は内に秘めた秘密や悩みを他人に語らずにはいられない、ある種の暴露願望がある。多くの人はそれを聴いてほしいだけ、解決策や同意がほしいわけでは無い。はけ口を求めている。それを受け止めるのが《聴き屋》の仕事である。だから彼女がマイナーな情報誌に掲載している広告には、色気の無いフォントの《聴き屋》のロゴの下に『あなたの仰ることお聴きします』と書いてある。
 そして、何を勘違いして連絡をしてきたのが城ヶ崎である。彼は霧江の前にどかっと腰掛け、霧江の自己紹介などまるで聞こえていないかのように「オネェさんでしょ、何でもいうこときいてくれるってのは?」
 にたにたと笑う彼は色が抜け過ぎた金髪を揺らしながら、身を乗り出し霧江をジロジロと見た。
「えと、あの、"仰ることを聴く"とは、貴方の希望を叶える。わけではなくてですね。私は"お話をお聴きする"だけ……でして、」

「た・か・ら、ヤッてくれるんでしょ?」城ヶ崎は彼女の言葉を聞き終わる前に口を挟んだ。しかも理解もしていない。この男は学校で国語の授業を受けて来なかったらしい。
「で、ヤッてくれるの?くれないの」
 城ヶ崎が霧江に提示した給料は想定より0が一つ多かった。そして、彼の性格を無視すれば、仕事内容は簡単そうなものだった。

 

「はい。じゃあ今夜は"七不思議、実際に数えてみた〜!!"いぇい!!」城ヶ崎は無駄に体をくねらせ、拍手を振りまいた。霧江はそれを渡されたスマホで撮影している。哀れみを込めた無表情で。
「じゃあ、まずはこちらのぉ《真夜中に数が変わる金次郎の薪》!昼間は12本でした~!今わぁ……12本。変わらんのかぁい!!ダメぇ!」

☑①真夜中の二宮金次郎
 霧江は手元の紙にチェックを入れた。

「じゃあ、次行ってみよう」
 城ヶ崎はスキップしながら校舎端の扉を開けた。恐らくたまたま開いているのを発見して、この企画を思いついたのだろう。
「次はコチラ!!"真夜中の階段"!!夜と昼で段数が変わっちゃう!イヤ、金次郎と被ってるやないか〜い!」大げさにおどけてみせるが、これで視聴者が笑うとは思えない。
「……7、8、9、10!じゅう?お前も変わらんねか〜い!ダメぇ!!」

☑②真夜中の階段

「さぁ、次は皆もしってるあの七不思議……」
 城ヶ崎はカメラに手招きしながら廊下を進む。
「コチラぁ!"トイレのぉ花子さぁん"」無駄に低く間延びした声で3つ目を宣言した。
「真夜中にトイレをノックしてぇ、」ドン、ドン、ドンと大きくノックして続ける「はぁなぁこぉさん!あっそびましょ!!するとぉ………………いや!入っとらんやんけえ!ダメェ!ふごーかくっ!」

☑③トイレの花子さん

「七不思議の花子さんもいませんでしたぁ!果たして七不思議は存在するのか!?」わざとらしく、レポーター風に話す城ヶ崎。
「次は、2枚抜き。理科室の怪談。走る人体模型と踊る人骨標本!いぇい!行ってみよう!!」

 理科室を訪れたが人体模型も人骨標本も存在しなかった。というか、理科室の備品は一つも無かった。廃校が決まっている学校なので、備品は持ち出されたのだろう。
☑④走る人体模型
☑⑤踊る人骨標本

「さぁ、残りは2つ。四階の開かずの教室と喋る初代校長の胸像。まずは開かずの間から」
 城ヶ崎が四階への怪談を登る。それを下から見上げるように撮影する。そして彼は四階の部屋のドアを一つずつ開ける。
「その部屋に入ると自殺した生徒に呪われる……っ」最後の一部屋のドアに手が掛かった。開かない。
「……きましたよぉみなさん、きましたよぉ、開かずの教室、です。………ちょっと1回止めてください!」
 
☑⑥開かずの教室

「ねぇ佐々木さぁん」30過ぎの大人が出すとは思えない情けない声で霧江に近づいてくる。
「名前がちがいます……」霧江は小さく囁いた。
「もっと、楽しくヤろうよぉ。ヤラせでもさぁ」小型犬が甘えるような声。 
「……やらせ、なんですか?」霧江は首をかしげる。
「決まってんじゃん。えっ?こういうの信じるタイプ?メルヘン女かよ!いい歳してさぁ」校舎に城ヶ崎の笑い声が虚しく響く。
「信じてるも何も、今のところ全部ありましたよ、ほら」霧江は手元の紙を見せた。①〜⑥まで☑チェックが書かれている。
「これ、七不思議が実際にあったらチェックを入れてたんです」
「は?ばっかじゃないの?この扉だってほら、開くもん」ガララ、っと勢いよく引き戸を開けた。

「ほら……ね」引き戸を開けると城ヶ崎は寒気を感じた気がした。まるで、教室から冷気が漂ってきたようだった。ギギ、ギギと嫌な音がする。まるで、ロープで重い物を吊り下げているような……。
 城ヶ崎は、自分が嫌な汗をかいていることに気がついた。ゆっくり後ろを見ようとすると、霧江が背中に張り付き、吐息が聞こえるほどに唇を彼の耳に近づけていた。
「……っあ、あの……おねぃさん?こういうのは……撮影がおわってからゆっくり…ね。そうだ!撮影終わっちゃおう!撤収、てっしゅ」彼が話し終わる前に、彼の耳元で霧江は囁いた。

「大丈夫、ぜぇんぶ。アナタの妄想ですよ。いぇい」
 先程までの、彼の口調を真似して囁いた。
 囁聞霧江は囁いた。
 


後編に続く………



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