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【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く②〜学び舎・後編

 城ヶ崎慎吾は逃げている。
「あるはずない。そんなはずない」
 彼は始めから"学校の七不思議、数えてみた"の企画を6番目の七不思議を本物に見せかけて、最後の1つを知ると死んでしまうから試せなかった。と演出するつもりだった。だが、実際は丁度よい最後の1つが決まらず、なしくずし的に設定したものだった。彼は《学校の七不思議などない》という妄想に取り憑かれていた。



「全部あなたの妄想だ。と言ったんです」
 囁聞霧江は囁いた。
「えっ、えっ何を言って……るん……」
 城ヶ崎慎吾は狼狽えていた。霧江の後から見覚えのある顔がこちらを見ていた。しかし、それは人間の顔であって人間ではない。それは、灰色でゴツゴツした、所々風化した子どもの石像。二宮金次郎の像だった。背中には薪、左手には本、右手には薪。
「そっ、そそそ、それは……」城ヶ崎は霧江の後ろを指差し震えている。
「そうですよ。あなた背中の薪しか数えなかったでしょ?もう1本がほら、彼の手に」霧江がそう言うと金次郎の手の薪から赤黒い液体が、血が滴った。まるで誰かを殴り殺してきたかのように。
 石と石がぶつかるような足跡が城ヶ崎に近づく、彼は震える足に鞭打って逃げ出した。

☑①真夜中の二宮金次郎

 

「なにか、……何かの間違いだっ」
 城ヶ崎は廊下の橋まで走り四階から一階を目指して階段を下る、下る、下る、下る、下る、下る、下る、下る、下る、下る、下る、下る、下る、下る。
 城ヶ崎が果てしない階段を下った先で息を切らしていると、先程まで四階にいたはずの霧江が待っていた。
「あれ城ヶ崎さん。まだ四階に居たんですか?」
「ひっ!」城ヶ崎は尻もちをついた。霧江は息も切らしていない。汗もかいていない。
「知らないんですか?真夜中の階段は"数"が変わるんしゃないんです。"階"が変わらないんですよ」
 霧江が指さした、階段横の壁に刻まれた数字は《4》。
「ひっ、ひぃぃっ」城ヶ崎は殆ど4足歩行の獣のように走り出した。

☑②真夜中の階段

「城ヶ崎さぁん。どこですぅ?撮影続けますぅ?」
 間延びした霧江の声が廊下に響く。城ヶ崎は息を切らして走っている。歩く速さと変わらないが、手を大きく振り、何とか走る形だけを保って。体力の限界だった。彼は逃げるから隠れるに思考を切り替えていた。彼は死に物狂いで"そこ"に入り、内側から鍵をかけた。
「……城ヶ崎さぁん。さっき花子さんを探してノックしたのって3番目の個室てしたよね?気づいてましたぁ?ホントはぁ、四階4番目ですよね?」
 近づいてくる霧江の声。城ヶ崎は、心拍数を上げながら、口を塞ぎ、息を殺した。
「城ヶ崎さぁんが今、隠れているのが四階女子トイレの4番目の個室ですよぉ、城ヶ崎さんのエッチ」
 城ヶ崎の激しかった呼吸が止まった。彼の上着の裾を小さな手が引っ張ったからだ。
「し〜んごさん、あそびましょ」冷たい少女の声。
「ぁぁぁぁぁ、ごごめんなさいい」
 城ヶ崎は指の爪が剥がれるのも気にせず、トイレの鍵を引っ掻くように開けた。

☑③トイレの花子さん


 城ヶ崎慎吾に逃げる体力と冷静な思考は残されていなかった。もし、僅かにでもそれらが残っていたなら真夜中の廃校で見かけた二つの人影などに助けを求めたりしなかっただろう。
「す、すいばせん。た、たふへてくらは……い?」
 一体は臓器、脳剥き出し隻腕の人体模型。もう一体は、あばら骨から月の光が漏れ出す白骨、人工標本。2体が腰を抜かした城ヶ崎を見下している。
「ふぇ?、あへへ?」城ヶ崎の精神は限界だった。
「大丈夫ですか?」切絵が彼の横にしゃがみ込み背中をさする。「彼らが理科室にいなかったのは当たり前ですよ。だって"走る人体模型"と"踊る人骨標本"ですよ?」
「へっ?」城ヶ崎の脳に彼女の声が届いているかは定かではない。
「理科室で騒いだり走ったりしちゃ駄目でしょ?学校で習いませんでした??」
 二体の理科室コンビが城ヶ崎に手を伸ばす。
 城ヶ崎先は不様な匍匐前進で戸が開いていた教室に入った。彼が入ると戸はゆっくりひとりでに閉じた。

☑④走る人体模型
☑⑤踊る人骨標本

 城ケ崎は所謂、体育座りで、顔を膝の間に埋めて泣いていた。小学生のように声を上げて。
「城ヶ崎さぁん。大丈夫ですか?ここ、開かずの教室ですよぉ」
 城ヶ崎はもう、声を出すことができなかった。教室の天井からは30人ほどの人間が天井と縄でつながっていた、吊られていた。まるで、教室の座席に座る生徒達がそのまま吊り上げられたかのように。そして一つだけ、一つだけ天井から下がった空っぽの縄と輪が城ヶ崎を待っていた。
「……城ヶ崎さん。開かずの教室はね。生きたまま"中から開けられなくなる教室"なんですよ」囁聞霧江は囁いた。もう届かない声を、囁いた。

☑⑥開かずの教室

 囁聞霧江は廊下を端まで歩き、《非常口》と書かれたドアを開け非常階段で階下に降りた。そして、わざとらしく夜の暗い校庭を縦断した。そして校門をに差し掛かったところで「ありがとう」と低い老人の声に呼び止められた。
「いいえ。たまたまですよ」霧江は振り向かず答えた。
「そうかな。廃校寸前とはいえ、母校を踏みにじられたくなかったんだよね」低い優しい、温かい声だった。
「なぜ、私が、ここが私の母校と?」霧江は老人の声に背を向けたまま尋ねた。
「ずっとここで、ここの校長先生をやっているからね。皆の名前は覚えているんだ。ここは無くなってしまうけど僕は校長先生で君は生徒だ。良いことをしたら褒めなきゃね、佐々木キリエさん」 
 霧江は振り向かない。
「名前が違います。私は囁聞霧江」
「ありがとう、そしてさようなら、佐々木さん」
 霧江は振り向かない。振り向かず最後の七不思議にチェックを入れ、夜に溶けるように歩き始めた。

☑⑦喋る初代校長の胸像


囁聞霧江は枯野を歩く〜学び舎〜・了









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