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【ショートショート】殺人的傑作

 一週間近く連絡が取れなくなっていた同僚の家を訪ねると彼は死んでいた。死因はおそらく餓死だろうと思えるほど、見る影もなく痩せていた。やせ細り、殆ど皮と骨だけになった手には表紙カバーも無ければ作者名も記されていない真黒でボロボロの本が握られていた。

 私は彼の指を一本ずつ解き、その本を手にり開く。それは小説だった。私は、それを流れるように読み終わる。また始めから読む。何度読んでも新しい発見と面白さがある。また、読み返す。今、私と餓死した友人を照らしている光が、何度目の朝日かも分からない。今まさに腐り、腐臭を放つ死人と同じ部屋にいる。普通なら人間の腐臭に何日も耐えられるはずはない。しかし、今は立ち上がり、この部屋から逃げ出す時間すら惜しい。
あぁ、この本を手放したくない。食事の時間も惜しいほど素晴らしい。
 繰り返し読んでいると、私は本の世界の住人であるという自覚さえ芽生えてきた。絶え間なく繰り返し読み返し、本の中へ沈む意識の中、現実を感じる最後の意識の中、私は悟った。
 
 私の死因も餓死。


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