二度と戻らない
当時の彼女との思い出は、あまりに色濃い。街中をただ歩いていたときにすれちがった人の髪の匂い、子どもの手を引いて訪れたイオンのBGM。
意識せずとも記憶が蘇る。十代のわたしが孤独から少しでも離れようともがいた跡に、30歳を目前にしたわたしの心が、じゅわっと焼け落ちそうになる。
彼女とは何百通と手紙をやり取りした。その手紙は別れるときに「全て捨てて」と言われ、その通りにした。
つもりだった。
この引越しで、一通だけ出てきたのだ。中を開くと、独特の丸文字が綺麗に並んでいた。いつもそうだった。
二度目の大学受験前にわたしを案じる彼女の文章がそこにあった。
あれ、そうだったっけ?彼女はわたしの大学受験をこんなに応援していたんだっけ?
ねじ曲がった記憶を元に彼女を語っていた数年が、恥ずかしい。
地元に着く。涙でぐじゃぐじゃのあの人に「二度と戻ってこないで」と言われた地に。
サポートは3匹の猫の爪とぎか本の購入費用にします。