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殴られた、ほおが痛い。

今朝、はりきってねこのトイレ掃除をしていて、近くの段ボールを持ち上げると、これがずいぶん重い。来月の引っ越しに向けて片付けなくてはと段ボールの中身を開けると、子どもが海で拾った貝殻と、貝殻についていた砂と、ほこりと、実家から持ってきたノートが現れた。このノートが重かったのだ。

秋に台風で実家に避難したとき、自室に隠していた過去のノートの束を引っ張り出して、自宅に持ち帰ったのだった。小中学生の頃の、黒歴史。持ち帰ったわりに見るのがためらわれて、廊下の段ボール箱にぽいと置いていたんだった。

掃除もそこそこに、袋に入れたノートの束をリビングで広げた。ああ怖い。ホームセンターに10冊セットで安く売っていたノートの表紙には「2001.10」と書いてある。他のノートにも日付がちらほら。恐る恐る1冊目を開くと、そこにはプリンターで印刷した紙が貼られていた。当時、関心があった動物実験の問題についてネットに書かれた記事で、なんとも言えない気持ち。当時のわたしのほうが今よりずっと、社会を身近に感じていたのかもしれない。

次のページには、小説。いきなり小説。わけがわからん。こんな文章を書いたことさえ忘れていた。自分が初めて書いた小説は、もしかしたらこれかもしれない。20行ほどで筆が止まっているところは子どもらしい。けれど、中1ながらに感じていた虚しさやさびしさがこもっていた。「フィルターを通したあとに残る言葉だけ、口から出せる」「不安の音がする」というフレーズに、大人になりたかった自分を思い出した。書いた頃の気持ちをもはや忘れてしまっているけれど、ただこの感情を他人の物語として書きたかった子どもの頃の自分を思う。わたしは、あまりこの頃から成長してないのかもしれない。

次のページから先は、もう空白。わたしは左右のページの右側にしか書かないという癖がずっとあって、だからこのノートは2ページだけ書かれて使われなくなったみたい。いさぎよく白いノート。ちょっとホッとした。この15冊くらいのノート全部にびっしり自分の気持ちが書いてあったらちょっと怖いな、と思ってたから。

次のノートはマンガ。タイトルに「Friends?」と書きたかったんだろうけど、ところどころスペルを間違っているところからして、小学校の頃に書いたノートだろう。何かのマンガで読んだ、隣に引っ越してきた人と恋をする話を自分の好きなキャラクターで描きかえている。主人公に暗い過去があり、小学生とはいえもう少し優しい設定にできなかったのかと言いたい。親が死んで身よりもないうえに高校をやめて働くことになった主人公が引っ越してきたアパートの隣人に挨拶に行って手製の漬物をおすそわけした上にその相手に恋をすることなど!ありうるだろうか?ない。ないない。複数のマンガや小説から設定を引っ張り込んだとはいえ、主人公、もう少しどうにかならんかったのか。ただし、これは恋なのか友情なのか?という主題から「Friends?」というタイトルをつけたことは褒めたい。いや恥ずかしい。やはり黒歴史、おそるべし。

あとは日記。初めての交際相手のことを書いているので中2。告ってOKもらった日から始まった日記。ページの上部には1日目、2日目、、と交際日数が記載されている。5日目、体調不良で学校を早退した日にその子から電話が来た日の喜びがこれでもかと書かれている。が、15日目にはこうだ。「〇〇(交際相手)が別れたいって伝えてくれって(友人)に頼んだらしい。」交際15日で早々と振られたことがわかる。その数日後には「(友人)が、〇〇から「おれ、お前をあきらめるわ」って言われたらしい。つまりわたしと付き合っている間、◯◯は(友人)が好きだったんだな、はは」とある。辛い。つらーーーーーーい!つらいつらい。かわいそうわたし。この友人は言わなくていいことを全部言うタイプだったのだけど、ここで本領を発揮してきている。

別のノートにはまたマンガ。これは1冊通しで最後までマンガを描いていて、当時の情熱を感じる。もう1冊もシャーペンで描いたマンガとイラスト。その頃ハマっていた最遊記の二次創作だった。稚拙だなんて笑えないほど真剣に描いている。一体何時間使ったんだろう、そう思ったけれど、あの頃は何時間かかるとか、考えてもいなかった。ただ気持ちの赴くままに描いていた。マンガか日記かイラストか小説か。とにかく描いて書いて、表現だけが生きがいだって信じてる当時の自分の死んだ細胞がびっしりノートにくっついている。

何を読んでもノートを閉じるとき「情熱がやばい」、そう口に出してしまう。過去の自分の情熱に燃やされる。昔の自分が未来に向かって自分を追い立てているようだ。煉獄さんの言葉を胸に無惨に挑む炭治郎の気持ちってこうかもしれない(最近、自分の心の8割は鬼滅で例えられるのではとさえ思う)。今の自分を見たら、昔の自分はどう思うだろう。がっかりしてほしくないよ。

全てのノートを開いた。イラストの書かれた紙切れも全て目をとおした。そして。そして、捨てた。全部、赤いゴミ袋に入れた。いい灰になるといいな。

昔の自分の無邪気なこぶしでぶん殴られたようだ。書いてた。ずっと何か書いてた。部活も勉強もしゃかりきにやって、それでもこれだけ書いてた。ずっとずっと自分のさびしさと虚しさを何らかの形で排出していた。子どもの自分の中に煮詰まったドロドロを、安全で安心な20年後の大人になった自分が見るなんて、わたしだって予想してなかったろう。

人に歴史あり。たった20年前の自分に近距離からぶん殴られて、今日のわたしはもう、予定どおり過ごせる気がしない。

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