Fastway語るなら、Motorheadを語らねばなるまい。
洋楽聴き始めの頃の1983年って、とにかく派手な人たちが多く出てきた時代だった。Duran Duranとかの2nd British Invasionとか呼ばれたポップス系も好きだった。洋楽に飢えていたからね。でも時代的にはヘヴィメタルがより煌びやかになって表に出始めてきた時だった。いわゆるLAメタルだよ。
その個人的にはTOP40系をフォローしながらもメインはメタル系に軸足を置いていた。面白っかったんだよね。ばかばかしいぐらいに大げさだったし、日本のポップス、ベストテンなんかで放送していた曲とは全然違うものだったから、面白かった。
で、そのメタル系に進むきっかけとなったのが、Motorheadの「極悪ライブ」だった。これは原題の”No sleep 'til Hammersmith”ではなくて、極悪ライブでないとダメなんだな。
これ聴いたのが中一同級生の吉田君の家、彼の兄貴が大好きでそれを聞かせてもらったのが最初。すげえ迫力。悪い音質。勢いでこっちも自然に首振れる。四畳半の和室がHammersmithになったんだよ。奇跡だねこの体験は。
レコードのライナーとジャケットしか情報がないんだよ。雑誌もラジオもMotorheadなんか取り上げない。どういう人たちだか知りたいんだけどそれができない。でも音は凄い。これで満足するしかなかったし、実際満足だった。
当時のお茶の水界隈を自慢げに歩いていたメタル黒Tシャツも、Motorheadが多かった。あれは中坊から見たらあこがれだったよ。
この時のメンツでギター弾いていたのがFast Clarkさん。彼のリフはチンピラに因縁をつけられているように絡みつく音だったし、ひたすら引っ叩くようなドラムの音も印象的。ここに歪んだベースとダミ声ボーカルが乗る。こんな音、今でもなかなか聴かないよ。
結果として中1でMotorheadを聴いたことが今の人生でも糧になっている。どんな糧っていうと、ここでnoteに書けるよう人生だということだ。今でも極悪ライブ聴くと、初めての四畳半体験が蘇る。これが最初だった。
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