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解答のない参考書 - 人生をデザインするための12人のインタビュー - #01遠藤礼子さん
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解答のない参考書 - 人生をデザインするための12人のインタビュー - #01遠藤礼子さん

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2020年4月、i.school修了生有志により書籍「解答のない参考書 人生をデザインするための12人のインタビュー」が出版されました。このプロジェクトは「若者が自分の人生について考えるために参考にできる本があるといい」という想いでi.school修了生が始めた活動で、スタートアップ、大企業、官僚と多様な道に進むi.school修了生12人が、「どのような大学生活を送ったか」「どのように進路を決めて今に至るか」「大学生へのメッセージ」を詳細に語ったインタビューが収録されています。

本記事では、書籍の中から1話分をご紹介します。

社会の価値基準では、あなたのその選択は「普通」ではないのかもしれない。でも「自分」のための選択をしたほうが楽しいし、それがリスクにならないよう頑張ればいいだけ。

12_遠藤礼子_プロフィール写真

プロフィール

えんどう・のりこ
Biobot Analytics, inc. プロダクトマネージャー。環境工学博士。1988 年埼玉県に生まれ、山形県で育つ。東京大学卒業、MIT( マサチューセッツ工科大学) 大学院修了。現在はY Combinator を卒業したスタートアップ、Biobot Analytics の1人目の従業員として、米国をベースに下水を利用した地域の健康状態のモニタリングを行う。大学院時代にはエチオピアにて環境変容および気候変動とマラリアの関係性を調べた。工学と健康をまたぐ分野で活躍し、アフリカ、アジア、アメリカでの海外プロジェクト経験を多く持つ。


遠藤氏はアメリカのスタートアップ「Biobot Analytics」で働いている。この会社は、アメリカの社会問題を「下水道」を活用することで解決することを目指している。

私は東大の工学部社会基盤学科を卒業したあとMIT(マサチューセッツ工科大学)に進学し、環境工学にてPh.D.を取得、現在はアメリカ、ボストンをベースにBiobot Analyticsというスタートアップで働いています。
最初に私の今の仕事を簡単に紹介します。私が働いているBiobot Analyticsという会社は、現在2歳の、まだ始まったばかりのスタートアップです。下水のサンプルを採取・解析し、その上流域におけるコミュニティの健康状態をモニタリングしています。簡単に言うと公共規模の検尿です。検尿をすると、どんな食べ物を食べたとか、どんな薬を摂取したとか、どんな病気を持っているとか、いろんなことがわかりますよね。そういう情報はトイレを流すときに尿と一緒に下水に流れてきます。千人に毎日「検尿してください」と言っても出来るはずがないですが、大勢の尿に含まれる情報は常に下水に流れてきているので、マンホールから下水のサンプルを取り解析することで、地域の人々の健康状態を把握しようと我々はしています。
下水からわかる情報はたくさんありますが、今はアメリカの市場を主なターゲットとしているので、アメリカが公衆衛生面で一番問題視している「オピオイド」使用のモニタリングを主に行っています。というのも、現在、アメリカで50歳以下の死因の第1位を占めているのがオピオイドという鎮痛作用のある薬による中毒死なんです。日本では名前も聞かないような薬ですが、アメリカでは大統領による非常事態宣言が出されているくらいの大問題なのです。その問題に対して、どういうオピオイドが、いつ、どこで、どのくらい使われているのかということを把握し、公衆衛生の政策に繋げようとしています。

遠藤氏は山形県に生まれ、高校までを過ごした。高校時代の自分を「ルールブレイカー」だったと振り返る一方、東大入学は負けず嫌いな性格がもたらしたものであったと語る。

高校時代は勉強面ではすごく真面目に頑張っていましたが、一方で、なかなかのルールブレイカーでしたね。かなりまじめな山形の公立の進学校に通っていたのに、髪を染めたり、ピアスの穴を開けたり、スカートが短くて怒られたりもしていました。突出してひどかったらしく、校長先生から直々に「お前は本校の生徒ではない」と言われたくらいでした(笑)。勉強面では予習も復習も超まじめにやっていたんですけどね。
私は負けず嫌いなので、勉強も出来ないより出来た方がいいし、わからないところがあるのは嫌だという思いからただ勉強していました。ちなみに、塾に行ったり家庭教師をつけた経験はありません。確固たる将来の夢があるとか、必ず東大に入る、みたいな目的があるわけではなく、ただ負けず嫌いだから勉強していたら東大を受験することになりました。大学受験を目的にしていたわけではないので大学受験の仕組みのことなど知らず、普通は私立を併願するものだとは知らなかったので、東大しか受験しないことになってしまいました。

大学1、2年生の時の講義には興味を持てなかったと語る遠藤氏。締め切り当日に希望を変えたという学部選択では、インフラと国際機関への関心から、工学部社会基盤学科の国際プロジェクトコースを選択した。

駒場時代(学部1、2年生の時)は、特にこれといった勉強は何もしていませんでした。勉強については、負けず嫌いな性格からか授業の内容もある程度わかるようにはしておきたかったので、普通の大学生よりはたぶん勉強していたと思います。でも、駒場の講義は全く面白くなかったですね。今だったら面白く聴けるのかもしれないけれど、当時は学んでいることと世の中との関係がいまいち見えなくて。
進学先は工学部の社会基盤学科に決めました。それまでは農学部の国際開発農学専修に行こうと思っていたんです。人間の生活に不可欠な水とか食糧とかに興味があって、その中も特に農業を広めるシステムとか、灌漑等の水インフラシステムといった基礎的な仕組みづくりに興味があったんです。あと、途上国支援に興味があったので。
でも、進学振り分け(学部選択)の締め切り当日に、たまたま社会基盤学科の国際プロジェクトコースの情報に触れて、そこでは国際機関でインターンができる機会があることを知ったんです。当時は正直、あまり学部時代の教育とかキャリアのことは重要視していなくて、単純に国際機関でのインターンの機会があることから社会基盤学科に惹かれました。それと、水とか農業を広めるインフラを作ることに興味があったので、社会基盤学科というのはまんざらでもないなと。
今振り返るとこういう感じで説明できますが、当時は「えいやっ」と進学先を決めてしまいました。

遠藤氏は、学問と社会の繋がりが見えず興味を持てなかった駒場時代から一転、社会基盤学科での2年間は技術と社会の繋がりを強く意識できたと言う。講義、研究、i.schoolと学びの範囲を広げていった当時を振り返る。

社会基盤学科での2年間は、いい意味で駒場での2年間とはかなり違う経験ができました。大きかったのは、工学が世の中でどう活用されて、どういうインパクトが出せたのか、という具体例を知ることができたことです。技術的な授業もありましたが、先輩エンジニアが具体的なプロジェクト経験とその際のマネジメントや社会インパクトのような話をしてくれる講義もたくさんあって、学んでいることは本当に社会の役に立つんだと初めて思えました。
大学4 年生の春には、山中湖で実施された「観光の未来」というテーマのi.school のワークショップに参加しました。このワークショップでは、観光における現在の課題や、将来の新しい個人の価値観と技術を組み合わせて、どうテクノロジーを社会の中にインテグレートしていくか、というプロセスを初めて「経験」しました。講義を受動的に聞き理解するというのとは全く別の経験でした。私はエンジニアでありながら個々の技術にはそれほど関心がなかったのですが、技術をうまく社会の中に取り入れて社会課題を解決することはおそらく日本が必要としていくことだし、自分個人としてもやりたいことだな、とワークショップを通して発見しました。
卒論では、ストックホルムの渋滞緩和事業について研究しました。渋滞課金による渋滞緩和技術は、交通経済学者の中では昔からうまくいくと研究で結論付けられていたのに、なかなかそれを実装に移す都市が現れませんでした。そんな中、なぜストックホルムは事業を始める決断をし、結果成功させることができたのか。だれがどう関わって、技術をどう生かして、事業を成功に導いていったのかを紐解くのは面白かったですね。
ところで、この事業のコントラクター|1|となったのはIBMですが、IBMはこの頃から自社を
「コンピューター会社」から、「ソリューション会社」へと移行させました。これが示唆していること、わかりますかね? 今までの学部教育で感じていた「技術ばかり学んでもいまいち役に立たない」というもやもやや、i.schoolで学んだ社会課題解決のための方法が、この事例のいろいろな側面に凝縮されているような気がします。

大学院からはMITに進学した遠藤氏。留学経験のある先輩と話す中で、自分が海外留学に対して「不必要に高い壁」を抱いていたと気づいたという。

大学院からはMITに留学することになりました。元々高校生の時から留学したいなとは思っていました。それはただ単に英語ができたらカッコいいし、海外に行くのは楽しいな、みたいな生半可な気持ちが半分でした。もう半分は、将来は国際機関で働きたいと思っていたので、どこかのタイミングで英語でのディスカッション力を鍛える必要があるなと。とはいえ、所詮山形出身の小娘なので、周りに留学している先輩もおらず、留学を実現可能なものだと認識していませんでした。
でも、大学3年生の終わりごろに、たまたま留学している先輩に話を聞く機会がありました。それまでは留学はすごく難しいものだと思っていたんですけど、その時に受験の方法や金銭面の心配等、色々と質問してみました。その結果、結構簡単にできるんじゃないかと気づいたんです。それから卒論をやりながら1年間で留学の準備を進めました。
多分留学に対して不必要に高い壁を感じている人が多いと思うけれど、それは恐らく情報がないからです。必ずしも海外留学が日本の大学に比べていいと言っているわけではないけれど、海外留学という選択肢を日本の大学に行くのと同列に持ってもらえればいいんじゃないかなと思います。情報がないせいで海外留学を考えなかったり、あきらめてしまったりするのはもったいないと思います。 
MITに進学した理由は2つあります。1つは、やりたい研究プロジェクトがあったこと。これがメジャーな理由です。アメリカの大学院に出願する場合、大半の人が大学名ではなくて、具体的なやりたい研究で大学院を選ぶと言われています。私の場合、水文工学・環境工学を専門にしようと思っていましたが、その社会的成果がきちんと見える研究を求めていました。そこで、MITには水文学のアプローチを使って、アフリカのマラリアの問題に対応しようとしている研究室があることを見つけ、そのチームにジョインすべくMITへの進学を希望しました。
もう1 つは、MITにはD-Labというユニークなデザインスクールの授業があることです。
D-labというのは、途上国向けの技術を開発し、実際に現地での導入まで実行してしまう授業なのですが、その授業をとりたいなと思ったし、そういう環境や意識がある大学は自分に合うんじゃないかと思ったんです。

遠藤氏はMITでの生活は非常に充実したものだったと振り返る。最初の2年間は勉強漬けの生活を送ったが、次第に時間の使い方に関する価値観は変化していったと言う。

MITでの生活を振り返ってみると、授業も、研究も、私生活も、めちゃくちゃ楽しかったですね。最初の2年間は、周りから「やっぱり日本人だね」と揶揄されるくらい勉強していました。むしろ勉強しかしなかった。たぶん1日12時間以上、週7日ラボにいましたね。予習も復習もちゃんとやっていたので授業内容は結構理解していて、周りに教えられるようにもなりました。そのおかげで、はじめは英語はそんなにできなかったけれど、信頼を得られ、友達もできたので、最初のスタートとしてはよかったと思います。
大学院の後期や卒業後は、自分の趣味に時間を使えるようになりました。アイスホッケーとか、セーリングとか、音楽とか、そういった時間を楽しめるようになりました。「あくせく働き過ぎない」という価値観を持つことは、実はすごく難しいんです。勉強してないと不安になるからです。けれど、大学の友人たちが自分の趣味や家族との時間を大切にしているのを目にして、当たり前だけれども、自分の幸せをちゃんとを考えるのって重要だと思ってきたんです。それがまた、まじめで超優秀だと思っていたMITの学生から見せつけられたので、じわじわと大きなショックになりましたね。

遠藤氏は学生時代から国際機関で働きたいという思いを抱えていたが、Ph.D.取得後は、アメリカが抱える社会課題の解決に取り組むスタートアップへの就職を決める。

学生時代から、国連や世界銀行で働きたいという思いがありました。私は国際的に働きたかったし、途上国の開発支援に携わりたいと思っていたので、国際機関を目指していたのは妥当かと思います。
そして嬉しいことに大学院卒業後にある国際機関からオファーをもらいました。しかし、ちょうどその国際機関との面接を終えアメリカに帰って来た時、Biobot Analyticsからも正式に1人目の正社員として雇いたいとのオファーをもらったのです。Biobot Analyticsは、私が大学院時代から関わってきたプロジェクトからスピンオフしたスタートアップでした。そこでの仕事は、私の専門や途上国開発支援という夢とは違ったのだけれど、エンジニアリングを使って社会問題に対応するといった意味で自分の興味にあった仕事だったし、経営者がすごく尊敬できる人たちだったので、迷いました。スタートアップなんて数年後にはうまくいかなくってつぶれる可能性がいくらでもあるのはわかっていました。それに比べて、国際機関というのは私がずっと夢見てきた職場だった
し、将来安定そうなキャリアでもある。ただ、数年間スタートアップで働いてそのあと国際機関に行くのはいくらでもできますが、今このタイミングでスタートアップで働かなくては、将来スタートアップで働く機会はなかなかないんじゃないかと思ったんです。ここでも、また「えいやっ」と、今まで夢見ていた国際機関での就職を断って、できて間もないスタートアップに3人目のメンバーとして加わることにしました。なんだか学部時代の進学先の決断に似てますね。

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インドで行われたSanitation Economy Summitでのパネルディスカッションに登壇した遠藤氏。(写真中央)

遠藤氏は就職先だけでなく、就きたい仕事の種類も人生の中でいろいろ変わってきたという。しかし、人助けをしたいという核が変わることはなかった。

昔から人助けがしたいという思いは変わっていないのですが、それを達成する方法には固執していません。私は結構単純な人間なので、高校生の頃は「人助け=お医者さん」と考えていて、将来医師になりたいと思っていました。でも、そのうちお医者さんって1対1で患者を治すから効率悪いな、と考えるようになって、「新薬を開発して何千、何万という人を一気に助けた方が効率いいんじゃないか」という思いから、大学入学時は薬学部を目指していました。
そうしたらまたある時、あるお医者さんに「途上国で人助けがしたい」という自分の夢を話す機会があったんです。その時に彼は、「人助けをしたという思いは素晴らしいけれども、途上国の人にとって本当に新薬が必要かな?」と問うてきたんです。実は彼は、実際にアフリカに行って診療をした経験があるお医者さんでした。その経験の中で、目の前の患者を治療する方法はわかっているのに、「経済的な理由または流通インフラの不備により薬が手に入らない」、「飲み水の汚染による下痢や栄養不足により薬も功を奏さない」といった理由で患者を治すことができず、非常に悔しい思いをしたと語ってくれました。
その話を聞いて単純な私は、新しい薬や技術を開発するということから、道路・農業・水といったインフラを含めて、既にある技術をきちんと社会に届けるということに興味を持つようになりました。
日本では、一度「医者になりたい」と口に出した後にそれを変えたら、夢を叶えられなかった負け組と見なされるのかもしれないけど、やりたいことは変わってもいいと思うんですよ。人生の中でいろんな人から話を聞き、いろんな経験をして、その都度情報を吸収して自分の中で考えて、やりたいことを再検討したらいいと思います。むしろ、世の中のことなんてちょっとしか知らない田舎者の高校生が、自分の将来本当にやりたいことを正しくわかっていたらびっくりしちゃいますよ。若い時からやりたいことを考えてそれに向かって頑張るのは大切だけど、やりたいことは変えちゃいけないわけではないんです。

以前から持っていた「世の中の貧困をなくしたい」という思いに加えて、現在は「自分が幸せになることにしっかりと責任を持つ」ことも考えるようになったと言う。

自己実現という問いに関して答えれば、3年くらい前の自分だったら「世の中の貧困をなくしたい」と答えていた気がします。今もその気持ちはもちろんあるけれど、反対に「自分が幸せになることにも責任を持つ」ということも重要視しています。もちろん社会のためにベストを尽くして仕事をしようとは思うけれど、自己を無視した利他は続かないし、自己を無視したキャリア形成は誰にとっても意味がないですから。たとえ仕事が忙しくても、趣味のアイスホッケーは自分がやりたいからやるし、たとえ安定せず給料が低くても、この会社と仲間で自分がやっていきたいと思うから今のスタートアップで働いています。
昔国際機関で働きたいと言っていたのは、正直周りからかっこよく思われたいという思いがあったからではないかと最近気づき始めて、今はきちんと自分がやりたいと思う仕事を選ばなければと思っています。あと、やっぱり仕事は大変で、選んだものが失敗することもよくあるけど、その選択が自分がやりたいものであったなら後悔しなくて済むと思うんです。

遠藤氏は大学生へのメッセージとして、「やりたいことをやればいい」と語る一方で、やりたいことをやるための「自由を勝ち取る糧」は努力を積んで獲得しなければならないと強調する。

伝えたいこととしては、単純に「やりたいことをやればいい」ということが1つですね。「やりたいこと」は、大企業で働きたい、地域の人々のために働きたい、基礎研究がしたい、歴史を追求したい、なんでもいいんです。お金儲けでもいい。ただ、他人や社会の価値基準でなく本当に「自分」がやりたいことを見つけるのが重要で、それがなんであれ、そこに向かって走っていいんじゃないかなと思いますね。
一方で、もう1つは「そのやりたいことをやるための実力をつける」ということですね。やりたいことを達成するためにはやっぱり頑張らなきゃいけないし、本当にやりたいことをやるというのは結構リスキーなことです。私の場合、これだけ好き勝手に人生の選択ができているのは、新しいことでもどうにか頑張ればできそうだと思えるだけの知識や経験であったり、それを信じてやらせてもらうための学歴という「箔」があるからだと思います。「箔」がないと議論のテーブルにさえつけないことが多いですから。あとは、「失敗しても別にいい」と思えるメンタリティーかな。勉強を頑張るとか、学位や資格を取るということは、1つ目で挙げた「やりたいことをやる」こととは必ずしも一致しないかもしれないけど、「自由を勝ち取る糧」としてすごく重要だと思います。

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事業主(この事例ではストックホルム市) からの委託により事業を請け負い、システムの設計・構築・導入・運営等を担当する事業者。

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2009年に東京大学で始まったイノベーション教育プログラムです。社会的課題を解決するアイディア創出法に焦点を当て、人間中心イノベーションを体系的に学んでいきます。2017年度に東京大学から独立し、全国の学生のみならず社会人に向けてより開かれた教育活動を目指しています。