見出し画像

雑文(04)「禁文令」

 文章の価値を高める、文章を禁じるのがほんとうに最良なんでしょうか、僕はたまに、ふとした瞬間に、たとえば、僕はまあ思うんです。
 近ごろでは禁声令っていうんでしょう、発声までなぜか禁じちゃって、いったいなにをしたいのか、誰か教えてほしいんだけど、僕にはわかりません。
 文章を禁じて文章は売れたんでしょうか。僕は正直ぜんぜん売れていないと、まあ思うわけです。お国の偉い方たちが、だから庶民の僕があーだこーだ言うのはおかしいのだけれど、言っちゃうとですね、禁文令はあかんと思う、あくまで僕の感想です。
 売文家の生活は、この間街で偶然会った知り合いの知り合いに訊いたんだけど、変わりません。佐藤さん曰く、誰も彼も文章に飢えていないと、彼はそう言って僕に笑ったのが今でもよく憶えています。ついこの間の話だけど、物忘れが最近激しいので、なんだか懐かしい、と思ってしまうのがちょっと。
 で、文章が専売特許になったところで、もう、なんですか、誰も彼も、文章になんの、だから僕は最初から文章と食いもんは違うって、たまに愚痴ってたんだけど、現実そうなった。食べ放題だったら人は並ぶけど、読み放題だったら人は並ばないって、欲求がそもそも違うんだって、僕はそう言ったんだけどなあ、誰も彼もそのころは賛同しなかったけれど、今ならどうだろう。
 僕が危険を冒して、こんな文章を書いているのは、つまり今読んでいる君宛てに僕は会話文っぽく喋ってるわけなんだけど、伝えたいことがあって、冒頭でも述べたとおり最近じゃあ禁声令までできちゃってさ、会って直接喋りかける、そんな至って普通の人付き合いすら、秘密警察の奴らに補導される、物騒な世の中にほんとうになったもんだね、あー物騒、物騒、あーあー。
 ほんで、あーそうか、君に伝えたいことを伝えるのに僕はこんな危険を冒して、意味のない文章をつらつら書いているわけで、たとえば、人って笑ったら寿命が延びるんだって、だから笑えるお話を君に語って、君をめいいっぱい笑かしたい、たいそうな企ては無論ないんだけど、せっかくだし、禁じられた文章を思いっきり書けるんだから、書いたらほんとうはいけないんだけど、書いちゃったからもうだいぶ、だから書いちゃうよ。はじめちゃったから、どうしてこんなことをはじめようと思ったのか、忘れてしまったんだけれど、でもねそれはねそんなねどうでもねよくてね、僕は書いちゃったんだ。誰かに言われるでもなく書いちゃったから、書きはじめちゃったから僕にもどうにもできないし、どうしても伝えたい、文章で君にどうしても伝えたい、直接会って伝えちゃうと現行犯だから、逮捕されるなら後がいいなあ、君にちゃんと伝わった後に逮捕されるなら、それがいい。
 それにさ、発声よりも文章の方が、僕はちゃんと伝えられるのは君は知っておられるから、だから僕は文章を書く。今まさに読んでいる君に、僕はちゃんと伝えるよ。君に伝わったら、後で、君にちゃんと伝わった後に、秘密警察の奴らに逮捕されても僕はぜんぜん平気だから、僕は平気に長々と、意味のない文章を書いているんだよ。どうしても君に伝えたい文章に向かって、僕はくだらない、あるいはくだらない文章を書いています。至って真面目に、若干痺れて正座して。
 文章の価値を高める、文章を禁じるのがほんとうに最良なんでしょうか、僕はたまに、ふとした瞬間に、たとえば、僕はまあ思うんです。
 という冒頭を繰り返す陳腐な冗談をなぜかしてしまった僕は、物忘れが最近激しい事実すら忘れたという鉄板ギャグの天ぷらを揚げず、君の失笑に僕は失笑し、こんなくだらない文章を書いてしまった、いっさい反省せずに君の貴重な時間を奪ってさ、僕はもう罪深い。
 そろそろ時間切れらしい。外の廊下が騒がしい。僕がこんな文章を、こんな時間に書いているのを、秘密警察の奴らの訓練された嗅覚が的確に嗅ぎつけたらしい。的確だ。思わず叫びたくなるが、禁声令だと、さすがに禁文令と重ねて罪を犯すのは、嫌だ、というか、この文章を君にメール送付した後じゃなきゃ、あいつらに送信前に消されてしまうのは、腹立たしい。こんなくだらない文章だって、いちおう、まあなんも考えていないんだけど、ちょっともったいない。洗顔フォームは最後の最後まで使い切りたい。そんな貧乏する貧乏人じゃないし、稼ぎだって貯蓄だってけっこうあるんだけど、育ちと生まれ持った資質だから今さら変わりっこない、頑固さだ。
 複数人の足音が玄関前に集結したのが肌でわかる。後数分で、仔細な描写を、別に手抜きじゃないんだけど、君に伝える時間はもうないし、しょっぴかれる僕を空想するとなんだか怖くなってきた。
 伝えたい。君に伝えたいんだ。僕は伝えたいから、こんなくだらない文章を長々、貴重な時間を浪費して、書いてしまったんだよ。どうしても君に伝えたい、まあ、そうだよ、そういうことなんだよ。
 そういえばこんなネタを披露する芸人さんが、いたとかいないとかどうでもいい、って君はきっと腹を立てるだろう。メール送った先の君が眉を顰めて困惑する表情が容易に想像できるよ。ほら、眉を顰めた。って、冗談はこれぐらいにして、僕はそろそろ逮捕されるから、逮捕される前に君に、ちゃんと伝えたい。文章で君に伝えたい。発声はちょっと苦手だから、文章で伝えるのがいい。
 警告なく玄関ドアが蹴破れた。痺れをきっと切らしたんだろう。
 僕は急いで君に伝えたい文章を最後に打ち込んで、君宛てにメールを送信した。
 送信後、僕のノートパソコンは土足で踏み込んで来た秘密警察の奴らの金属バットで叩き壊された。がしかし、君に送った文章はきっと君に届いただろう。君が笑った。僕も笑った。秘密警察の奴らもなぜか笑った。
 君は。僕の送った文章を笑窪を作って読んで、最後、僕の伝えたかった、君に宛てた文章、読んだ君は僕の見たことのない笑顔をきっと作って、笑いなのか、嗤いなのか、嘲いなのか、微笑いなのか、僕は勿論知らないんだけど、君が、笑った、嗤った、嘲った、微笑った、そうであれば僕は嬉しい。危険を冒して文章を書いた意味が、それだけでもあったんだと、僕は君をおもって、晴れ晴れしく笑える。

 君のことが好きです。陳腐な表現だけど世界中の誰よりも君が好き。ただそれを僕は君に、文章を禁じられた世界で、ただそれだけのことを君に伝えたかったんだよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?