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雑文(52)「まるぴい」

 マルチーズだ。
 ちょうど2歳らしい。
 父さんが持ち帰った、その小型メス犬の名前は、まるぴい、という。
 まるぴいの首には黒い首輪があり、父さんは、「外すと逃げるから外すなよ」と僕に忠告した。だから僕は父さんの忠告に従う。父さんは動物専門のカメラマンで、どういう経緯か知らないけど、まるぴいを家に持ち帰って来た。
 僕は。まるぴいを風呂場で洗い、シャンプーの匂いがするまるぴいをタオルで巻いて乾かし、まるぴいは。お腹が減っていたんだろう、餌入れの皿に走って、ドッグフードを口に頬張り、右隣りの皿にお顔を突っ込んで水を飲み、お腹を満たしていく。
 まるぴいはソファに座る僕の足元に来たから両手で脇を抱えて持ち上げ、口を吸ってあげる。
「おまえ、もう好かれたみたいだな。ちゃんと世話してやれよ。高校受験で忙しいか知らんが、まあだな、気晴らしに面倒見てあげてな」
「うん。わかった」僕は短く言う。「ずっと犬が欲しかったから、むしろ、ありがとう。ちゃんと面倒見るから」
 僕は。まるぴいを抱っこして階段を上がり、自分の部屋に連れて行く。まるぴいを床に下ろすと、まるぴいは僕のベッドの上に飛び乗って、何度か跳ねて、シーツの間に頭から突っ込んで、白いおしりを振ってシーツの中に進み、シーツの中で円を描くように何度も回る。
 僕は。勉強する気が失せ、まるぴいをシーツの中から救出すると、正面にしたまるぴいを抱きしめ、まるぴいは前足で僕の胸を何度か掻き、「大丈夫、大丈夫。怖くない、怖くない」と繰り返し、ムツゴロウさんよろしく、僕の圧に恐怖を抱いたのか、まるぴいは静かになった。
 抱きしめる。まるぴいの温かさが僕の胸板を伝って、僕は。まるぴいを抱きしめているんだとわかる。まるぴいをたしかに僕は抱きしめている。僕の腕に抱かれたまるぴいは安心したのか、それとも疲れていたのか、目を瞑って、さらに静かになる。まるぴいの寝顔を見つめていると僕にも眠気が来て、声にならないあくびをすると、僕も目を瞑り、寝てしまった。

 勉強もそこそこに僕はまるぴいの世話に精を出すことになる。高校は公立だからそこまで勉強しなくてもいい。それに少子化の世の中だ。高校はどこにでもある。今の僕の興味はまるぴいだった。まるぴいを世話していると、僕は幸せだった。いつしかまるぴいは僕の生活のかなりの部分を占めていた。まるぴい無しの生活は考えられない僕がいた。

 まるぴい、まるぴい、まるぴい

 僕の声かけに、まるぴいは。

 きゃんん、きゃんん、きゃんん

 僕の声かけに応えてくれる。

 それは。散歩帰りだった。
 僕は。まるぴいの首輪にリードを付け、土手沿いを歩いていたんだけど、何かの拍子で、首輪がまるぴいの首から外れた。前を行くまるぴいは数歩進んで、僕は。まるぴいの白いお尻に右脛が当たった。まるぴいは。

 家に帰って、父さんに事情を話すと、父さんは笑って言った。
「そうか。仕方ないよ。たまたま外れてしまったんだから、おまえのせいじゃない」
「ごめんなさい」
「そうだ」父さんが言う。「まるぴい、寂しいと思って、ほら」そう言うと父さんは、「よっしい」と呼んで、僕に紹介した。
 キツネだ。
 ちょうど2歳半らしい。
「可愛がってくれな。受験で忙しいと思うけど、な?」
「わかった。父さん、ありがとう。今度はへまして逃がさないから」
 僕は。よっしい、と呼んで、よっしいは。僕の所まで走って来て、「風呂入れてやろうな、風呂」と言い、脇を抱えて持ち上げると僕は。よっしいと風呂場に向かった。
 
 

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