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雑文(55)「五等分の花婿」

 だいたいで、あるいは精確に、性格の違う私たちが集まったのだから協議して意見がまとまるとは思えなかったのだけれど、私たちの内のリケジョ、さっき互いが自己紹介したばかりなのに彼女の名前が思い出せないのは不思議だけど、ともかくそのリケジョの彼女がなんと、「こんなこともあるかと思って」と照れ臭そうに隠し持っていた、それは黒いショルダーバッグに入っていたのだが、中からビニール袋に包まれたそれを取り出して、私たちの前にある円卓に置きました。
 精密天秤でした。聞くと趣味で自宅に改築した研究室を持っているらしく、休日になるとそこでなんちゃらかんちゃら云う小難しい研究に励んでおり、なにかの役に立つかと本日、そこから精密天秤を持ってきたというから、まさにリケジョだと私たちは感嘆の溜め息を一様に洩らしました。
「これで測れば精確に重さがわかります」と、得意げに擦れた眼鏡を上げて笑い、当惑する私たちの顔を眺め回すと満足したのか、「どうですか?」と言って、私たちに了解を求めました。
 水商売でもしてそうな派手目のメイクと強烈な香水で自身の顔と匂いを隠した私たちの一人が面倒くさそうに、「あるんならいいんじゃない? とっとと終わらせましょう」と酒臭い呼気で表情を歪める私たちを嘲笑って、珍しいそうに精密天秤の秤部分を指で押して、リケジョの彼女に、「壊れますから」と叱られ、はいはい、ごめんなさいねと笑って後ろに退がると腕を組んで私たちを興味なさげに眺めます。
 会社で事務でもしてそうな大人しい真面目な女が、「私はそれでいいと思います」と蚊の鳴くような声で答え、それに後ろに控える水商売女が、え? と割と大きめの声で聞き返し、びくっと肩を震わした地味な女はちらっと彼女を睨みもせずに逃げるように静々と後ろに退がり、室内でも暗めの暗がりに落ち着きました。
 最初こそ、だいたいでと主張していた少し体型のふくよかな私たちの中でいちばんの年長者であるその彼女も皆んなの意見に流され、いや初めからあまり興味がなかったのか、「私も」と投げやりに答え、もうすぐ学校から息子が帰ってくる時間なのか、そわそわスマホに目をやりながら円卓から離れていきました。
 残された私に決定権があるみたいに、皆んなから視線を浴びる私は圧に堪えきれず、さてと答えようとしましたが、水商売女が意地悪そうに、「あなたが決めないとね」と強調して笑い、わかっていますという反論を胸にしまって私は答えます。
「五等分に、皆んなに平等に分けましょう。異存ありませんね」と一応の確認を取ったが異存の声は上がりません、というか、誰もがもはやこの話題に関心がないのでしょう。

 精密な描写は差し控えさせていただきますが、なんとか終わった後に、それを黒いショルダーバッグ底にしまい込んだリケジョの彼女に訊ねました。
「どうするの、あなたは?」
「言いませんでしたか?」
「なにを?」
「私、専攻はバイオ生物学でして、大学を卒業してからもずっと自宅で研究しているんです」
「なんとなく、そうだったね」
「で、彼の一部だと言ってもそこから培養して、つまりあれです、とかげのしっぽみたいな」
「彼はとかげのしっぽ?」笑いそうになります。
「きっと復元できると」あまりに真面目な顔をして話すものだから笑うに笑えず、ちょっと不憫に感じて私は、「そう。頑張って」と言って、リケジョの彼女は顔を赤らめて笑うと頭を深々下げて、顔を上げると言いました。「機会を作って下さり、ありがとうございます」
「いえ」短く無感情に私が返事すると、最後まで部屋に残っていた彼女は出入り口から外に出ていきました。
 一人残された私は円卓にパイプ椅子を引いてきて座り、テーブルに置かれた彼の生首に声をかけました。
「どうだった? 本望でしょ、あなた。最期あなたを愛してくれた女たちに見送ってもらえて、きっと幸せだったでしょ。どうだった、なにか言いたいんなら言ってみて」
 テーブルの上に置かれた彼の生首はなにも言わず、そこに静かにあるだけでした。

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