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【WBC】偉大なる大谷翔平を世界に知らしめたい【優勝】

「僕もいつかソン・フンミンみたいにプレミアリーグでプレーしてお金をいっぱい稼ぐんだ」

上記セリフは是枝裕和監督・脚本の韓国映画「ベイビー・ブローカー」に出てくるフットボールが大好きなヘジンという名の男の子が発したものだ。

このシーンを観て、小生は羨ましいなと思った。なぜなら世界中の人がこのセリフを聞いたときに「うん、そうだね」と思ってくれるからだ。舞台は韓国だけど、作品自体は世界に向けて作られている。その前提でもこのセリフを脚本に挿入させたことに違和感はない。

世界で最も人気のあるスポーツであるフットボール。その競技で一番レベルの高いと言われる英国プレミアリーグで2021-2022シーズンの得点王を獲得した韓国人アタッカー、ソン・フンミンは祖国の子どもたちの憧れの的であり、国民的ヒーローである。

もしこの「ベイビー・ブローカー」を日本を舞台にした映画として制作を想定するとここのセリフに何が入るだろうか。おそらく入るとしたら下記のようなセリフになるのではないか。

「僕もいつか大谷翔平みたいにメジャーリーグに行って、投打の二刀流で活躍するんだ」

だけどこのセリフが脚本に入れられることはないだろう。なぜなら世界の人たちがそのシーンを観ても意味がわからずピンとこないからだ。どんなに大谷が日本国内で大きな人気を博し、国民的ヒーローであろうとも、作品を世界に向けて発信したかったらこのセリフを脚本に入れることはできない。

マイナー競技の現人神

小生はオンライン英会話を習ってる。そこでいろいろな国の人たちと英語を介して話をすることが好きだ。主に欧州・中南米出身の先生の授業を受けることが多い小生はしばしば、お互いの国のことを話題に話をする。一番盛り上がるのはその国のセレブの話題になったときだ。

たとえば、セルビア人講師の授業ではニコラ・ヨキッチ(バスケットボール選手)の話をする。メキシコ人講師の授業ではギレルモ・デル・トロ(映画監督)の話をしてみる。すると彼らはとても喜ぶ。自国出身のセレブを異国の人間が知ってくれているからだ。

彼らも日本のセレブを話題にしてくれる。村上春樹(小説家)や南野拓実(フットボーラー)、大坂なおみ(テニス選手)などなど。ただ、現在進行形で日本国内で最も人気のあるセレブのことは話題にあがらない。なぜなら彼はマイナー競技のアスリートだからだ。2年くらい前にロサンゼルス在住のアメリカ人女性講師に大谷翔平の話題を振ってみた。そしたら「ごめんなさい。私はその人のことを知らないの」と言われてしまった。

この手のことは日常茶飯事である。だから小生は彼を話題にしたときはいつもめげずにこう説明する。「大谷翔平は日本で生まれたマイケル・ジョーダンであり、リオネル・メッシだ」と。

無念ではある。毎年一人は必ず出る英国プレミアリーグの得点王よりも、MLBで未だ誰も成し遂げたことがないことをやろうとしているプレイヤーの方が圧倒的に認知度が低いことに。

おそらく今後、彼がサイ・ヤング賞受賞と年間本塁打数100本を同じ年に記録することがあっても、現状のままではアスリートとしての価値が英国プレミアリーグ得点王よりも上になることはないだろう。

野球が国際的な人気競技になって、大谷の偉大さを世界中に知らしめたい。そんな願望を常に持っているものの虚しく事態は全く好転しない。むしろ世界は正反対の方向に進みつつある。

衰退の危機

MLBの2021年シーズン、大谷翔平がア・リーグMVPを受賞して日本国内が熱狂に包まれる中、アメリカのベースボール熱は冷めていた。アトランタ・ブレーブスとヒューストン・アストロズのカードとなったワールドシリーズの平均視聴率は6,7%だった。元来、多様化が進んでいるアメリカでこういった数字になるのは仕方ないことであるが、10年前の2011年ワールドシリーズの視聴率が10%だったことを踏まえると、これまでよりもベースボール人気が下火になっているのは避けられていない。

それは日本国内でも直撃しつつある。少子化に加え、指導者による暴言や暴力が蔓延るアマチュア野球界。運動したい子どもたちが野球を敬遠し、卓球やサッカーに流れている、と嘆く球界OBは多い。国内の人気スポーツ筆頭格が野球ではなくなる、そんな危機が迫っているのだという。

2021年に開催された東京五輪。野球競技の決勝が行われた横浜スタジアムでは試合前BGMに英国ロックバンドColdplayの名曲「Viva La Vida」が大音量で流れていた。絶大な権力を誇った王が失墜して、かつての良き世を思う歌。

Hear Jerusalem bells a ringing
エルサレムの鐘の音が聴こえる

Roman cavalry choirs are singing
ローマ軍の聖歌隊が歌っている

Be my mirror, my sword and shield
私の鏡、剣、そして盾となれ

My missionaries in a foreign field
異国の地へ赴く宣教師たちよ

For some reason I can't explain
うまく説明はできないけれど

I know St.peter won't call my name
私が天国に行くことはできないだろう

Never an honest word
信ずべき本当の言葉は存在しなかった

And that was when I ruled the world
それは世界を統治してた時のこと

一部の国々でしか認知されていない、という理由で次回大会から五輪の公式競技から除外された野球は無観客の横浜スタジアムで宙を舞った侍ジャパンを見納めに盛者必衰の理を抱いたことだろう。このままでは野球は衰退してしまう。復権を目論むことにした野球界は国際化という避けては通れない課題を背負うこととなった。

WBCという名の福音書

2023年、5回目となるベースボールの国際コンペティションであるWBC(World Baseball Classic)が開催された。人気の頭打ち感が漂うMLBが、ベースボールの人気を世界のより広範囲に広げようという試みで、本場アメリカや中南米の国々を中心に多数の大物メジャーリーガーたちが国の威信をかけた戦いに参加した。

表向きはベースボールの世界一決定戦。しかし狙いはベースボールの国際化。ベースボール不毛の地にその魅力を布教したい。

そこでMLB(イエス・キリスト)は第一使徒である大谷翔平(聖ペテロ)を日本へ派遣する。投手と野手の両方をいっぺんにこなす比類なき開拓者は、その勇敢な思想を胸にシン・ベースボールの宣教師となる。そして自身の書簡の書き手であるヌートバー(シルワノ)と共に中国、チェコといった国々へ布教活動に従事する。

セントルイスから来たシルワノ(一次ラウンド)

東京(日本)で開催された一次ラウンド。初戦の中国戦で先発登板した大谷は4回無失点で勝ち投手に、打っては2安打2打点を叩き出す大暴れっぷりでWBCの幕を派手に上げた。

続く愛すべき隣人・韓国との試合でも2安打2打点で4出塁を記録して大勝に貢献。チェコ戦では3試合連続の打点をあげると、豪州戦では特大の3ランを放ち、東京を熱狂の渦に巻き込んだ。

それと並行して大谷はプレー以外でも精力的に伝道活動を行なった。自身から安打を放った中国人バッターに直接賞賛の声をかけ、自身から三振を奪ったチェコ人投手には三振を喫したボールにサインを書いてプレゼント。ベースボール未開の地への宣教は順調に進んでいった。

大谷が躍動する日本は、コールド勝ちこそなかったものの、危なげない戦いぶりで1次ラウンドは全勝。準々決勝進出を果たす。

その大谷に負けず劣らずの活躍を見せたのはセントルイスからやってきた大谷の忠実な兄弟、ラーズ・ヌートバーだった。一次ラウンドでは驚異の打率4割超えをマーク。選球眼の良さを活かして四球を多く選び、快速を飛ばして多くの得点をあげた。極め付けは球際の強さが目立った守備。中国戦、韓国戦と立て続けに好捕を披露し、手紙の書き手に留まらない、使徒クラスの伝道で日本での信者の数の圧倒的に増やした。

ローマ帝国との戦闘(準々決勝)

アメリカラウンド行きをかけた一発勝負の準々決勝。対戦相手はスーパースター軍団・オランダ、難敵・台湾を退けてやってきたイタリア(ローマ帝国)だった。

皇帝のマイク・ピアッザはかつて野茂英雄(ユダ)の仲間だった、という因縁の持ち主。ユダヤの教えの矛盾を突くキリストへの対抗に向けてローマ帝国が静かに牙を剥く。

日本の先発は大谷。初回は安打を許したものの最初からビュンビュンに飛ばす投球でイタリア打線を寄せ付けない。しかしイタリアも守備で策を講じる。徹底的な分析とスカウティングによって各打者の打球方向をデータ化して、日本の各打者に対して極端な守備シフトを敷いた。

元々の内野守備の堅さも相まって日本打線を封じ込める。2回を終わって互いに無得点。持ち味の強力打線が消されかけていた。しかし3回裏、この試合の2打席目となった大谷はこの重苦しくなりかけた状況を見事に打破する。

新約聖書にある「ペテロの手紙」の一節では、ローマの抑圧的な支配がどんなに理不尽であったとしてもまずはそれに従うように教えている。前提としてクリスチャンはイエスによって自由にされている。しかしその自由の行使は反抗のために使うのではなく、敵を愛して寛大であることによって敵に立ち向かうことを勧めていた。

大谷は自らのプレーによってその姿勢を見せた。強引に打って守備シフトの餌食になるのではなく、空いた守備エリアを狙って自分のバッティングを崩すのでもなく、セーフティーバントという自由で平和的な解決方法によって流れを作った。

大谷のバントは悪送球というイタリア守備陣の綻びを生み、後の先制点をもたらした。そして岡本和真が守備シフトを無効化させる一発を放って4点を奪取。日本が一気に優位に立った。

大谷は5回に2点を失うもののその後の継投がうまくいきリードを保つ。打線も終盤にかけて手を緩めずに追加点を重ねて、終わってみれば9-3の快勝。安息の地アナハイムから東京にやってきた大谷は上陸直後の熱狂を一度も冷めさせないまま宣教を全うした。そして爆発的に生まれた信者たちの大声援を背に、決戦の地アメリカへ向かうのであった。

奇跡の楽園・マイアミ(準決勝、決勝)

破竹の勢いで準決勝に到達した日本はメキシコと相対する。決戦の地・マイアミはその昔、フットボールで日本がブラジルを下した場所としても知られる。会場となったローンデポ・パークはそのスタジアムの跡地でもあり、歓喜の再現が期待された。

日本の先発は佐々木朗希。160kmを超える豪速球で3回まで無失点に抑えるものの、4回にウリアスに先制を許す一発を浴びて3点のビハインド。対する日本打線はメキシコ先発のサンドバルの前に沈黙。重苦しい雰囲気が漂う。

この雰囲気をガラッと変えたのは吉田正尚だった。7回二死、近藤健介が安打、大谷が四球が選んで二人が塁を埋めて打席に立った吉田はライトポール際に起死回生の一発を放った。ゲームを振り出しに戻した日本のダグアウトが揺れる。ホームイン後に爆発的に感情を剥き出しにして殊勲の吉田を出迎えた大谷。この試合は名勝負の様相を呈していた。

そして1点ビハインドの9回裏。後のない日本は先頭打者の大谷が打席に立っていた。そしてメキシコの守護神・ガエゴスが投じた外角高めに浮いたボールを強く叩いた。打球は右中間に落ち、快速を飛ばした大谷はノンストップで二塁に到達。無死で得点圏の走者となった大谷は塁上で両手を突き上げ、燃えるように叫んだ。

キリストの十二使徒の中でも、ペテロは一番の激情家だったという。直情とも言い換えられるその性格はマイナスに作用することもあったらしいが、不思議と多くの人を惹きつけ、多くの人に愛されたという。

大谷がもたらした流れはそのまま一直線にメキシコを飲み込む。危険な洗礼者・吉田は勝負を避けられ、打席に立つのは村上宗隆。東京ラウンドから不振が続き、救いを求めた迷える羊が試合を決める。左中間フェンスに直撃する長打を放ち、そのまま二人の走者が生還しサヨナラ勝ち。熱烈に踊り狂う侍たち。大差をつけて勝ち上がってきた中で、乱打による大逆転でゲームをひっくり返したことで更なる勢いを持って頂上決戦に挑むこととなった。

託された天国の鍵

決勝の相手はアメリカ。マイク・トラウトを中心とした強力打線は今大会でも最強と言っても過言ではなく、まさに頂点を決めるにふさわしい相手となった。

勝っても負けてもこの試合が最後となるため、日本は多数の投手をこまめに次々とつぎ込む戦略でアメリカ打線に対抗した。先発・今永昇太はターナーに先制弾を許すも追加点を許さずに試合作りを全う。日本は村上の同点弾、ヌートバーの内野ゴロと岡本の一発でリードすると戸郷翔征、高橋宏斗、伊藤大海、大勢が短いイニングを最大出力で抑え込む投球で失点を許さず。逃げ出したくなるプレッシャーの中で最良の結果を出した。

そして1点リードで迎えた最終回。マウンドに立ったのは大谷だった。投手としては先発起用がほとんどだった大谷は他者のため、自らの十字架を背負って、このリリーフ登板を受け入れた。
そしてDH解除。もし同点に追いつかれ延長にもつれたら、投手が打席に入らなくてはならないエデンの園の果実にも手を伸ばした。

失楽園と隣り合わせの状況に大谷は力んだか。先頭打者に四球で出塁を許す。しかし次打者を見事に併殺に打ち取って迎えたクライマックス。対するは大谷(ペテロ)の揺るぎない同僚である、マイク・トラウト(ヨハネ)。キリストの最大愛弟子同士の対決はベースボールにおける最高峰の伝道活動だ。

フルカウントで投じた外に逃げるスライダーにトラウトのバットが空を切る。聖書にも記されていない劇的すぎる決着に歓喜を爆発させて大谷が叫ぶ。日本に降り立って以降のこの2週間、他の使徒たちの先頭に立って伝道に励んできた大谷へのこの上ない神のご褒美だった。

羊を飼い続けるという決意

「韓国も台湾も中国も、その他の国もどんどん野球を好きになってもらいたい」

大会MVPに選出された大谷はその直後のインタビューで上記のように語った。そして2026年の次回大会の出場にも意欲を示した。それはベースボールが尋ねた「私を愛するか?」という問いに対する答えだろう。大谷はまだまだ宣教師としての役割を続けていく。

こうしてベースボールの未来に光を差し込むことに成功したWBCは熱狂がおさまらないまま幕を閉じた。

閉幕の数日後、小生はオンライン英会話でアルバニア人講師のレッスンを受けた。そしてお互いの国の近況を共有した。もちろん小生はめげることなく言った。「日本ではWBCという野球の国際大会で日本が優勝して、それがかなり盛り上がってる」と。

「ふーん、そうなんだ。良かったね」

全く興味を示してくれなかった(笑)。さすがにそんなすぐには広まらないか。でもいいんだ。世界的にみて数は少ないのかもしれないけれど、楽しみたいと思った人たちが楽しめた。これはまぎれもない事実なのだから。

次は大谷ではなく、小生が宣教活動をしよう。オンライン英会話でベースボール不毛の国出身の講師たちとたくさん話をすることに決めた。そしてめげずに言い続ける。「大谷翔平は日本で生まれたマイケル・ジョーダンであり、リオネル・メッシだ」と。

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