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自由で、清々しくて、スリリングで、愉しい

午前中の情報番組で、今日3月31日が「一粒万倍日」と「天赦日」と「寅の日」が3つ重なる大吉兆日だ、ときいた。
なんでもこの3つが重なるのは2021年で今日しかなく(その3つが一体どんな日なのか、詳しくはわからなかったけれど)、とにかく今日は、特に財布の新調に最高の日だという。

それを聞いた時に、「今日の午後、デパートに財布を買いに行こう」と思い立った。

財布はもともと欲しかった。
だけど、妊娠して徐々にお腹が大きくなり、気づけばコロナで在宅勤務になり、果ては切迫早産で安静になり、産後も買いに行く余裕がなかった。

いや、余裕がなかったというのは正しくない。

駅まで10分、電車で5分行けば、デパートに着く。
いつでも行けるはずなのに、なんとなく行っていなかっただけだった。
だけど今日は行こうと思った。
行ってやる、という気概で決意した。

最近、朝の日差しが強くなってきたせいか、息子が4時に目覚めて、7時までずーっと唸っている。
大きく泣くわけでもなければ、静かに寝てくれるわけでもない。
目を閉じたまま、うう、うー、うーうー、ううう、と、ひたすら唸っている。私は長く寝ないととにかくつらい人なので、これがもう、ボディーブローのように心身にきている。

おまけにというか、そのせいでというか、最近夫とささいな喧嘩をいくつかした。
喧嘩というのは正しくないかもしれない。私が一方的にイライラしている。

例えば先日も、出かけてお腹が空いてコンビニに寄りたい、という時、
夫がなぜか店舗の少ないローソンにこだわって、なかなかコンビニに寄ってくれなかった、とか。そういうことで、釣り合わないくらいイライラしている。

残業続きの夫が楽しみにしていた半年ぶりのゴルフに行った日も、無性にイライラ、というか、これは羨ましくて恨めしい気持ちになった。

すべては産後のホルモンのせいだと思う。
毎日朝6時に起きて、ゴミを出して仕事に行き、掃除洗濯など率先して家事をこなし、息子を日々溺愛しよく面倒を見て、私にも優しい。
そんな夫にもイライラするなんて、ホルモンのせいだとしか言いようがない。



私の母は、何か買い物をするとき、必ず父に確かめる人だった。
電化製品などは必ず父も一緒に買いに行ったし、娘の靴下ひとつとっても、「今日これを買いました」と報告していた。

母は、趣味がない人だった。一生懸命家事をするし、子供の面倒をみるけれど、母が好きなことをしていた姿というのが思い浮かばない。そんな母は節約家でもあって、自分の欲しいものを買っている記憶もほとんどない。


そんな母が一度だけ、勝手にラジカセを買ったことがある。

ある日突然、「いくわよ」と、保育園児だった私を自転車の前に乗せてビュンビュン飛ばし、「木馬館」という店でささっとラジカセを買って、自転車の後ろにくくり付けた。
CD屋さんに寄って中島みゆきのアルバムを買い、帰ってからずっと中島みゆきをかけていた。

普段、子供達が何か言うと、割とあっさり引き下がっていた母が、その日だけは、私たちが「いつまでかけるの」と言っても引き下がらず、午後じゅうずっと、中島みゆきを鳴らし続けていたのを覚えている。


2年ほど前、初めての妊娠で流産して、挙句、夫とひどく険悪になって会話がなくなっていた時、私は唐突に、テンピュールの高い枕を買った。

普段は千円のマグカップの色ですら、しつこく夫の意見を求めるくせに、その時はなぜか、ひとりで思い立って、ひとりで買った。1万円もするその枕を持ち帰りながら、私は久しぶりにすがすがしい気持ちになっていた。

それは、夫に依存していないことを確かめたような、妊娠だ出産だに捉われず、いまの自分のままひとりでも快適さを手に入れられることを確かめたような、そういうすがすがしさだったと思う。

そしてあの日、ラジカセを買って帰った母を思った。
母もきっと、なにか買わずにはいられないような衝動に駆られてあの日唐突に思い立ち、自転車をビュンビュン飛ばして、ラジカセと中島みゆきを買ったのだと思う。

枕を買って帰ると夫はすこしびっくりしていたけれど、多分すこし、安心してもいた。
その買い物は、落ち込んでもやもやと内側に溜め込んでいたものを外に出すことができた、その合図になっていた。

何日かが過ぎ、関係が雪解けした頃、彼は私の枕で寝心地を確かめ、そして同じ枕を買ってきた。

今日、私は約1年ぶりくらいにデパートに行き、そして2万円の財布を買った。

事前にいろいろと調べることも、夫に相談することもなく、お店に行って、いいなと思ったものを、えいやっ、と買った。
それはとても自由で、清々しくて、すこしスリリングで、心愉しいことだった。
ああ、独身のときはこうやって、いつもひとり心の赴くまま、買い物していたんだな、と思い出しながら。

息子が一緒でも、どこにでもいけるんだ、と自分を勇気づけながら。
行こうと思えば、デパートで洋服を見ることもできるし、カフェでケーキを食べることもできるし、すこし遠くの街に行ってみたりもできるはず。

妊娠出産とコロナが重なって、すっかり家にいる癖がついていたけれど、もうすこし気軽に外に出よう。
買いたいものを買って、自分のご機嫌をとってあげよう。

夫は今日、帰ってきて私の財布を見たら笑うだろう。
そしてすこし、きっと安心するだろう。


私の、長文になりがちな記事を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。よければ、またお待ちしています。