梅ヶ丘のマンション

この手紙が一体誰に宛てて書かれたものなのか、私には存じませんが、梅ヶ丘駅の北に建つ、古びた赤褐色のマンションの4階、右から数えて二つ目の部屋、そこにこの手紙の主人が籍を持つものと思われます。


君には見えるでしょうか。当のマンションですが、やれ、あらゆる不動産屋を回ってみても、近所の住人に聞いて回っても、だれ一人として、そのマンションを知ると言うものはいないのです。

また、地図を開いてみても、マンションがあるはずの場所は、空き地のように表示されているばかりで、何の詳細もつかめません。


さて、手っ取り早く現地へ赴いたとき、マンションは確かに梅ヶ丘駅から北に向いてすぐにあるはずなのですが、君には見えるでしょうか。


マンションを知る者はいないと言いましたが、実際にそのマンションは、住居用建築物であるために、当然ながら、住居者がいるわけです。

そして地上7階建て、各階5つの部屋を持ちまして、情報によると、その8割が埋まっているといいます。つまり30世帯近くの人間が当マンションを朝晩出入りし、衣食住を営んでいるわけです。


この手紙が誰に宛てて書かれたものか、私には存じませんが、その内容は、マンションと深く関りを持つように思います。


しかし、そのマンションの真相を探るなどするのは、私にはまったく興味がありません。謎に惹かれる人間というのは、常に暇を持て余しているものです。低俗な贅沢です。

手紙の白封筒には宛名も送り主の名も住所もありません。手紙がある、という事実だけが残ります。

君にもし、マンションが見えるというのであれば、つまりこの封を切る権限が君にあるということです。

反対に、君には見えないというのであれば、

今度は君はこの白封筒の封を切りたい欲に沸々と駆られることでしょう、


どちらにせよ、当のマンションと手紙の謎について、少なくとも言えることは君が、当事者の一員として関わっている事実であります。

決して逃げられませんよ。

ええ、私が跡をつけているのですから。