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【連載小説】「好きが言えない 2」#22 愛する人

「おいおい、本当にそれが君の導き出した答えなのか? ちゃんと探す努力をしたのか?」
「はい。真面目に答えを探す努力をし、僕なりに結論を出しました」
「それならどうして、野球以外に夢中になれるものの答えが『野球』になるんだ?」
 監督命令で出された宿題の提出日。僕は部活動の前に部室に呼び出され、導き出した答えを伝えた。が、この反応である。

 呆れる監督に、僕は持論を語る。
「後輩に言われて思い出したんです。心から野球が好きだった頃のことを。その頃には抱いていた『情熱』を。甲子園に行きたくて野球をしていたのではなく、ただただ野球が好きだからやっていたのだと。そしてやはり、僕が熱中できるものは野球だけだと改めて気がついたのです。ここであえて『野球』と答えたのはそういうことです」
「ほう……」
 監督は顎をさすりながら言う。
「確かにわしは、『君に足りないものは情熱だ』と言った。その情熱を思い出したというわけだな? ならばよろしい。宿題は受理しよう」
「ありがとうございます」
「では次の宿題だ」
 監督は間髪を入れずにそう言った。
「この大会が終わるまでに愛する人を見つけること。勝ち進めば勝ち進むだけ猶予が与えられるわけだが、果たしてこの宿題を出すことが出来るかな」

 突飛な宿題だったが、驚きは少なかった。そしてなぜか、自分はそれを見つけられるだろうという妙な自信すらあった。
「分かりました。必ず『見つかった』とご報告します」
「ずいぶんな自信だな。では楽しみにしておくよ」
 よし、練習開始だ。監督はそう言って僕を校庭に送り出した。



 自分でアドバイスしたこととはいえ、春山と話をしたあとくらいから永江の様子が如実に変わったのには正直、驚いている。まさか、ちょっと話した程度で感化されて帰ってくるとは。
 ただ、永江は最初から彼女の才能を見抜いていた節はある。それが野球のセンスだけではなかった、と言うことなのだろう。

 永江の何が変わったって、仲間への接し方だ。これまでみたいに威圧するのではなく、「今みたいな球が来たときはこう対処した方がいい」などとアドバイスをするようになったのだ。それが的確だから、みんなも永江に従う。何だかいい循環ができはじめていた。

 その甲斐あってか、夏休み初日の二回戦もその後の三回戦も、初戦とはまるで違うモチベーションで望むことができ、結果も上々。遠のいたかと思われた甲子園も少しずつ近づいてきた印象である。日々ハードな練習になっていくにもかかわらず、みんなが「永江のリード」についていこうと頑張っている姿には感動すら覚え始めていた。

「最近、いい顔してるじゃん。何かいいことあった?」
 おれがそう言いたくなるほど、永江は調子が良さそうに見えた。しかし永江は首を振る。
「特別なことは何も。もしあったとしても、野球を楽しむ気持ちを思いだしたくらいだよ」
「おれはてっきり、春山とイイ関係になったのかと」
「春山クンには本郷クンがいるじゃないか」
 永江が真面目に返事をするのでかえってこちらが戸惑ってしまった。
「あー、そうそう。明日、駅で待ってるって」
 話題を変えようと、俺は忘れないうちに例のことを伝えておこうと思った。
「待ってるって誰が?」
「俺の姉貴だよ。ずっと試験やら何やらで行けなかったけど、めどがついたからって」
「……そうか」
 永江はぽつりと言った。

 この頃、音楽活動をしているらしい姉は、どうやら自分の「歌の力」で永江を励ましてやろうと考えているようだ。姉が作詞したり人前で歌ったりしていると聞いても想像がつかないけれど、何せ、ここにいる永江の気持ちをぐらつかせたくらいだ。何かしら魅力的なところがあるのだろう。
「あともうひとつ。一人で来てくれってさ」
「…………」
「心配すんな。別に姉貴はお前を取って食いやしないから」
 俺の冗談を聞いても永江は一つも笑わなかった。
 

  姉は永江一人に用があるっぽいけど、この調子じゃ俺もついていった方がいいんじゃないかと思ってしまう。あるいはやっぱり、春山の力が必要なんじゃないか、と。
「まぁ、一人で来いって話だけど、別に姉貴の言う通りにする必要はないと思うぜ。好きにすればいい」
「いや、大丈夫。一人で行くよ」
 硬い表情のまま永江は答えた。


   *


 また聴きたい、と思っていたはずなのにいざ会えるとなったら戸惑う自分がいた。一人で来てほしいと言われたからだろうか。それとも別の理由からか。たぶん、聴けばまた心がざわつくと確信しているせいだ。

 あの日を境に、僕を取り巻く環境は激変した。周囲の人々の言葉に影響され、これまでとは明らかに違う自分になってきているのも実感している。
 良い変化であるのは分かる、が、恐怖心もある。自分がどんな人間になってしまうのか想像もつかないからだ。

 それでも僕はこのまま進む道を選ぼうとしている。自分が変わるなら今をおいてほかにないということも分かっているからだ。周囲の目を気にしてのことではない。これは僕自身のためだ。
 
 翌日は水沢の気遣いもあって少し早く部活を抜けた。水沢と麗華さんとで時間も調整していたのだろうか。駅に着くとすぐに三人組を見つけることができた。

「コウちゃん。来てくれてありがとう。忙しいのにごめんね」
「いえ……」
「実はね、きょうはどうしても聴いてほしい歌があってきてもらったのよ」
「聴いてほしい歌……」
「そう。コウちゃんがここで聴く最初のお客さん。コウちゃんの反応が悪かったら、もう一度歌詞を書き直すつもり」
「えっ、僕の反応次第なんですか」
 麗華さんはなぜそんな大役を僕にさせようとしているのだろう。

 戸惑っていると、麗華さんは微笑んだ。
「あの後、ずっと元気なさそうに見えたコウちゃんのことが気になっていたの。これから歌うのは、コウちゃんに元気になってもらいたいって思っていたときにできた曲なのよ」
「水沢から……いや、庸平から何か聞かされたんですか」
 数年ぶりに一目会っただけで、元気かそうでないかが分かるだろうか。疑っていると麗華さんはすぐに、
「あたしたち、もう家族みたいなものじゃない。元気がなかったらすぐに分かるわよ」
 と言って笑った。
 家族、という言葉の響きが僕の心を揺さぶった。返事に困っていると、麗華さんはさっそく歌い始めた。


夢中でボールを追いかける その背中は小さく
ころんでばかり いつでも傷だらけ
守れる強さがほしかった
だけど 会えばけんかになって
互いに 意地っ張りでね

「君が好き」素直な気持ち
伝えられないまま 流れゆく時間(とき)
忘れないで ずっと
ともに過ごした日々を 家族の愛を

   ☆

夢中でボールを追いかける その背中は大きく
いつの間にか 私を追い越した
重なる 君の父の姿
似てる けれども同じじゃない
君は 大人になったんだ

「ごめんね」と「ありがとう」を言うよ
ごまかしてた気持ち 立ち止まって今
忘れないよ ずっと
ともに過ごした日々は いつまでも鮮やかに

愛をくれた人は いつでも心の中
君は生きていいんだよ 今を

   ☆

「君が好き」素直な気持ち
今なら伝えられるかな あふれる想い
歌に乗せて そっと
共に生きよう これからずっと……


 歌の途中だったが、僕は鞄をひっつかんでその場をあとにした。罪悪感はあったものの、頬を伝う温かいものを見られたくはなかった。

 ちょうどホームに滑り込んできた電車に飛び乗る。息を弾ませながら、僕はドアにもたれ窓の外に顔を向けた。
 あの歌詞のせいだ。こんなにも動揺しているのは。

 しばらく車窓を見、二駅ほど過ぎたところでようやく僕は落ち着きを取り戻した。
 春山クンに指摘されて以来、僕は僕なりにかつて抱いていた野球への情熱を思い出しつつあった。その思いの裏にはいつでも亡き父がいる。受けたアドバイス、褒められたエピソード、受けた球の重み。どれも鮮明に思い出せる。

 そんな折にあの歌詞を聴いた。
 麗華さんは最初から僕に聴かせるつもりであの歌詞を書いたに違いない。でなければ、こんなにも僕の心が揺さぶられるはずがない。
 再び動揺が襲う。
 僕は鞄の奥にしまい込んだスマホに手を伸ばした。掴んだまま、取り出すべきか悩みやっとの思いで引っ張り出す。

 ディスプレイをオンにする。表示される、貯まりに貯まった未読メッセージ。僕はこのメッセージを長い間放置してきた。相手は実母。三年前に僕が殴りつけた人である。

 ことが起きてからというもの、僕と母とはほとんど口を利かなくなった。試験期間中とか母がたまたま休みの時を除けば、朝から晩まで外回りの仕事をしている母と、野球漬けの僕とはそうでなくても顔を合わせる機会はすくなかったが、会話は皆無になったといっても差し支えない。

 それでも母には僕を養育する責任があるから、水沢の家で厄介になると一言メモを残しておけば食費を置いておいてくれるし、学校に提出する書類があれば期限内に記述しておいてもくれる。
 けれども僕は許せないのだ。父を失った直後の僕から野球を奪おうとした母を。

 ――野球を辞めて勉強に打ち込みなさい。もうお父さんはいないんだから……。

 その言葉が頭にあるからだろう。時折送られてくるメールを、僕はどうしても開封することができないでいた。また僕を苦しめるような言葉が書かれているのではないか。そう思うだけで腹立たしい気持ちになるからだ。

 未読メールは30件ほど貯まっている。もはやいつから放置しているのかさえ分からない。開封するには勇気がいる。見てみようか、という気持ちがある一方で、怒りや拒絶の気持ちもなお強かった。

 やがて電車が下車駅に到着する。僕はスマホを握りしめたままホームに降り立った。


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