見出し画像

【連載小説】「好きが言えない 2」#27 仲間

 バッテリーが代わり、再び試合が動き出す。するとすぐに、
「祐輔ー、一人ずつ確実に抑えろ! お前なら出来るぞー!」
 ベンチから、降板した野上クンの元気な声が聞こえてきた。その声に応えるように本郷クンが「オーケー!」と発声する。

 迎えるバッターは奇しくも四番。バッテリーとしては最も嫌な状況ではある。だが力でねじ伏せてきた野上クンと違い、本郷クンにはテクニックがある。

 僕は迎えたバッターに対し、あらゆる球種で揺さぶりをかけた。四番打者は三球であっさりアウトになり、続く五番、六番もバットに弾を当てることが出来ないまま終わった。
 三者連続三振。誰が見ても本郷クンが絶好調なのが分かる投球だった。

「……やっぱ、祐輔はうちのエースだな。今の見て、実力の差を思い知ったわ」
 ベンチに戻ると野上クンが悟ったように言った。本郷クンはそれには触れず、「さっきの声援、良かったぜ。ナイス、路教(みちたか)! 次も頼むわー」と笑顔で返しただけだった。

 この回、同点に追いつかれながらもチーム内は笑いに満ちている。追加点を許さなかったことだけが理由ではない。おそらく、みんながみんな、野球を楽しんでいるからだ。互いを信じ、助け合い、認め合っている。それがひしひしと伝わってくる。

 にわかに、父とキャッチボールをした記憶がよみがえる。
 父がいれば何も恐れるものはないと本気で思っていたあの頃。どんな球でも受けられる自信に満ちあふれ、実際に四つも五つも年上のピッチャーの剛速球だって捕ることが出来た。父が病に倒れるまでは。

 父を失ってから僕は恐れを感じるようになった。仲間と一緒にいても常に孤独を感じていたし、怪物と呼ばれるようなピッチャーの球を受けるのもやはり怖かった。

 その頃からだろう、野球が楽しくなくなったのは。ただひたすら「甲子園」を目標に掲げて練習に打ち込む日々。そうすることでしか、父と繋がっていられないと思い込んでいたのだ。
 けれど。

「部長の配球はさすがっす。勉強させてもらいました。次の回も期待してます」
 大津クンがかしこまって言った。そこへ本郷クンがやってくる。
「おれも同感。覚え立てのフォークボールを投げろって言われたときにはドキッとしたけど、部長ならぜったい捕ってくれるって思ったから投げれたんです。思い切った甲斐がありました」

 二人だけじゃない。周りを見れば春山クンも、水沢も、ほかの仲間も僕を見てうなずいている。
 僕は決して一人じゃない。そのことを今、改めて実感する。そしてチームで戦っているという気持ちも強く抱いている。

「なぁ? 仲間っていいもんだろう?」
 監督がにやりと笑った。

 不覚にも僕は歯を見せて笑ってしまう。麗華さんの歌の歌詞を思い出したせいだ。

 そう。僕はとっくに気づいていたんだ。仲間の大切さやありがたさを。だけど無視し続けてきた。己を鍛え抜いた者が真の強者であり、馴れ合いなど不要だと思い込もうとしてきた。

 なぜなら僕が「愛」を拒んでいたからだ。父を失い、母から野球を否定されたとき、誰からも愛されていないのだと感じた。二度と、愛されることもないのだと。

 それが間違いだったことは自明のことだ。

 時が流れれば状況は変わり、人の心も変わる。いや、変わったのは僕の感じ方だけなのかもしれない。母はずっと僕や僕のすることを認めてくれていたし、仲間だってずっと信じ続けてくれていた。僕が勝手に拒み、離れ、再び歩み寄っただけ。そうだとするなら、この三年という月日はいったい何だったのか。

「永江。考えにふけっている暇はないぞ。勝負はまだまだこれからだ」
 監督の一言で我に返る。そうだ、今はまだ、結論を出すときじゃない。
「打順は変わるが、普段の四番としての実力を見せてもらうよ」
「はい!」
「ぜひ、観客席に一発放ってほしいもんだ」
「頑張ります」

 大津クンの代わりに九番で打席に入る。マウンドに立つのは一年生エース。打撃メンバーは入れ替わったが、彼は続投している。一点失っても立て直せるだけの力を持っているのだろう。

 しかし、彼がどんな球を投げるかはベンチから見て知っている。この打席、何が何でも打たせてもらう。チームのためであり、僕自身のためであり、両親のためでもある。

 そう。これまでとは明らかに違う想いで僕はここに立っている。ただ「勝ちたい」から得点したいのではない。僕の活躍が「生きている証」であると同時に、僕を取り巻くすべての人の「歓び」にも繋がるのだ。

 僕を必要としてくれる人がたくさんいる。その人たちの想いに応えるために僕は野球で恩返ししていく。それでいいんだと気づいたのだ。何も悩むことはなかった。誰の言葉にも惑わされず、「今」をひた走ればそれで良かったのだ。

 絶対に打てる自信がある。だからだろうか、対峙するピッチャーの表情が曇ったように見えた。

 ピッチャーが構え、第一球を投げる。球はストライクゾーンから大きくはずれ、ボールになった。動揺が見て取れる。ピッチャーは落ち着きを取り戻そうと、肩を回したりキャップをかぶり直したりしている。僕はもう一度睨むようにピッチャーを見た。直後に彼は再びおびえたような顔をした。

 ピッチャーが構える。一呼吸置いて腕が振り下ろされる。が、球に勢いはない。

 ど真ん中の絶好球。僕は見逃さなかった。

 全神経を集中させて振り抜く。カーンといい音が球場に響き、球はライトスタンドに向かってまっすぐ飛んでいく。

 まるで、仲間が球を押すかのように声援を送っている。その声に僕自身も背中を押されるように走る。一塁を蹴り、二塁を目指す。そのときにはもう確信していた。
「ホームラン、ホームラン!」
 仲間の声が耳に届いた。僕は気づけば力強く拳を握りしめ、高く突き上げていた。

 これまで何度か本戦でホームランを放ったことはあったが、これほどまでに喜ばしい気持ちでベースを踏んだことはなかった。
 ベンチに戻ると仲間が笑顔で出迎える。

「さすがは部長だな、永江! お前はやっぱり本物の四番だぜ」
「部長、かっこいいです!」
「部長、最高です!」

 まだ試合が終わったわけでもないのに、みな僕を取り囲んで大喜びしている。

「みんな、喜びすぎだろう?」

 そうは言ったけれど、僕はそれでいいとも思った。こうやって素直に得点したことを喜び合える。それはつまり「今、この瞬間」を楽しんでるってこと。

 たとえ、先ほどのように次の回で追いつかれてもまた取り返せばいい。取って取られてを繰り返し、最終回で1点多く取ればそれでいいじゃないか。
 仲間の歓迎に僕もうれしさを表現するため、全員とハイタッチする。今までにはなかったことだ。

「永江も感じてるだろう? チームの士気の高さを。お前が作り出したんだよ」
 水沢は高揚していた。ハイタッチのあとで肩まで組まれる。

 僕は長い間、こんなにも大事なことを見失っていたのか。仲間と、一瞬一瞬を分かち合う。その気持ちが、共感が、チームを一つにする。

 僕はみんなを見回すようにして言う。
「そう。一点でも得点の多い方が勝つ。それが野球だ。僕らは高い技術力を持ったチームじゃないかもしれないけど、少ないメンバーだからこそ全員が強い絆で繋がってる。一人一人を信じる力が、僕らを強くする。そう信じてる」

 今まさに、チームがひとつになった気がした。今の勢いがあればこの試合の流れをK高が作っていけるだろう。
 一番バッターが打席に立っていてすでにピッチャーと対峙している。

「よし、みんな。このままどんどん攻めるぞ!」
「おう!」

 力強い声が返ってくる。野球が面白くなってきた。



下から続きが読めます。↓ (11/17投稿)



いつも最後まで読んでくださって感謝です💖私の気づきや考え方に共感したという方は他の方へどんどんシェア&拡散してください💕たくさんの方に読んでもらうのが何よりのサポートです🥰スキ&コメント&フォローもぜひ💖内気な性格ですが、あなたの突撃は大歓迎😆よろしくお願いします💖