【連載小説】「好きが言えない 2」#18 戸惑い
「すみません、部長。急に誘ってしまって。迷惑でしたか……?」
駅に戻りながら、春山クンが言った。
「いや、時間を潰すにはちょうど良かったよ」
「あはは……」
僕の返事に彼女は苦笑いをした。
ただの時間つぶしに聴いただけ。それ以上のことはないはずだった。なのに僕は妙なことを口走る。
「……あの三人組は、いつもあそこでやっているのかい?」
「え? ……三日に一回くらい、夜になるとあの場所で歌ってますけど」
「そう……」
「……ひょっとして、気に入ってくれたんですか? っていうか、ボーカルが水沢先輩のお姉さんなんですもんね。知り合いだったなら、興味もわきますよね!」
春山クンはますますテンションを高くして満面の笑みを浮かべている。一方の僕は、なぜそんなことを知りたいと思ったのか考えていた。相手が麗華さんだったからなのか、純粋にあの歌にひかれたのか。答えを探そうとするが、見つからなかった。
本当に急いでいるらしい春山クンは、そんな僕には気づいていないようだ。
「また誘いますね。今日はこれで失礼します。お疲れさまでした」
といって、本来の目的を果たすため、足早に去って行った。
*
春山クンと別れて駅に戻ると、折しも電車が運転を再開したところだった。駅にいた人間が一斉に動き出した。ホームはきっとごった返しているだろう。
僕は人がはけるまで、しばし改札の前で待つことにした。そこへ、水沢がやってきた。
「あっ……」
彼はばつが悪そうに立ち止まった。まさか僕がここにいるとは思っていなかったのだろう。隣には思った通り、「彼女」がいる。
「先に帰ってろって言ったじゃん」
「電車が動いてなかったんだ、仕方がない」
「……あのさ、永江」
彼はそう言ったきりしばらく黙った。
さっき聴いた歌詞がにわかによみがえり、再び胸が痛む。
とっさに言いかけた、彼を非難する言葉を僕はぐっと飲み込んだ。
分かってる。僕は僕の正義を振りかざし、水沢を裁きたいだけ。言っても互いに傷つくのは目に見えている。冷静になれ、と自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。
やがて彼は口を開く。
「大会が終わったらちゃんと伝えるつもりだったんだ。ごめん。
……彼女には、大会中は会えないって、そう伝えたところ。それまで我慢してもらうつもりで、今日会ったんだ」
「ああ。そんなことだろうと思ってたさ。けど、そう言うんならちゃんと気持ちを切り替えてもらわないと困るよ。本郷クンのことがあったばかりなんだからね」
「うん、分かってるよ俺だって」
「なら、いい。僕からはこれ以上言うことはない」
どんなに癇(かん)に障ることがあっても、怒りが噴出することはまずない。母親を殴りつけたあの日にすべての怒りを出し尽くしてしまったのかも知れない。
それから僕らは帰宅の途についたが、その間、一言も口を利かなかった。
たった一度聴いただけの曲が、頭の中で何度も繰り返し流れている。その間は、野球のことも、隣にいる水沢のことも、ましてやその彼女のことなど少しも考えなかった。
野球から離れることは、僕にとって「死」にも匹敵するほどの怖さを持つはずだった。だからこそ、ずっと野球にしがみついてきたのだ。
なのに、大会を目の前に控えたときに限って、僕の脳内は初めて聴いた曲に占領されてしまっている。追い出そうとすればするほどダメだ。
水沢の家に着き、夕食を済ませたあとで僕はいつものようにバットを持ち、外に出た。けれども、やはり振り続けることが出来なかった。一緒に素振りをしていた水沢も手を止めた。
「どうした? 調子が出ないのか? それとも……。俺のこと、怒ってんの?」
「いや、何でもない。……水沢、きょうはバッティングに付き合ってくれないかな。無心になりたい」
「いいけど……」
釈然としない様子の水沢だったが、僕の言った通りにしてくれた。
水沢が投げた球を、庭の一角に置かれたバッティング用のネットに向かってひたすら打つ。白球を捉えることに集中することで、頭の中はしだいに空っぽになる。
50球などあっという間に打ち終え、それを拾っては繰り返す。
「おい、もう勘弁してくれよ……」
球拾いを五回させても僕の気は晴れなかった。
「やっぱり何かあったろう?」
「…………」
僕が黙していると、水沢のスマホが大音量で鳴り出した。
「おっと、電話電話ー」
僕のバッティングから逃れる口実が出来たとばかりに、彼はいそいそとその場を離れた。しかし話しぶりから、相手が誰かを知ることになる。
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