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Cosmo Future: Power Titan GINGA ~Chapter 2~

革命

「ケフェウス連合軍、接近。マシンタイタンです」
 太陽系の外縁に浮かぶ、前線基地キマイラ。革命の波及を怖れる宇宙各国——実際、太陽系は各地の反体制派を支援している——の軍隊から、系内の惑星を守っている。
「ヴォルフガング隊は基地前方に展開。ドラコ隊は小惑星ラムダのレオンを援護せよ」総司令を務めるのは、元・太陽帝国兵のリカオンである。その両隣には、2人の隊長が各々の隊列に向かい合って立っていた。
「俺も出させてください」パイロットスーツ姿の少年が、司令陣の前に現れた。「火星(うち)からも1人、出してくれって言ってましたよね。今、到着しました」
「アルタイル! 何故、此処に」ヴォルフガングは問い質した。コスモスより一回り年上のその少年は、太陽系評議会の火星代表という重責を負っているのである。
「俺が戦闘機の免許を持ってるのに、出ないわけにいかないでしょ」アルタイルは真剣な目で捲し立てた。「留守は副代表が引き受けてくれました」
「しかし、君の役目は……」
「いいだろう。俺の隊は、君が指揮を執れ」ドラコはヴォルフガングを遮った。「隊員の命を預かる仕事だ。出来るな」
「はい!」
「解った。頼んだぞ、ドラコ」リカオンも承諾した。「ついて来い、少年。君には、“烈士の翼”で飛んでもらう」

「ただいま。今日は、お客さんがいるぞ」
 ジャガーとコスモスを出迎えたのは、地球では目にすることのない2匹の幼獣だった。
「ああ、こいつらはスカイリューにヴォルガレオ。俺の家族だ」
ヴォルガレオと呼ばれた、狐色の食肉目に似た幼獣は、コスモスに飛び付いて頬擦りした。
「人懐っこいんですね」コスモスは微笑んだ。青い蛇型のスカイリューは、柱の陰から首を出してコスモスを見詰めていた。「あっちの子は、人見知りなのかな」
「でも、瞬発力は彼奴が一番なんだぞ」ジャガーは言った。「ギガンジュロは、お昼寝中だな。さっきも活躍してもらったし」
「もう1匹、いるんですか」
「ほら、サテリザードを治した彼奴だよ」
「え。それじゃあ、この家には入らないんじゃ」
「普段は、あの2匹と同じ幼体なのさ。エレメンタルって言ってな、どうやらパワージェムの力を持ってるらしいんだ」
「じゃあ、僕と同じですね」
 ジャガーはコスモスを応接間に通した。卓上に、緑色のゴリラに似た幼獣が横たわり、寝息を立てていた。
「この社会がもっと医療に金を使っていれば、此奴に無理を強いなくても済むんだが」ジャガーはギガンジュロを抱き上げてソファーに寝かし、溜め息を吐いた。「あの2匹だってそうだ。ここのところ、自然災害が多くてな。スカイリューもヴォルガレオも、救助活動のために星中を飛び回ってる」
「“我なき後に洪水は来たれ”、ですね」コスモスは言った。「太陽系にも、そんな時代がありました。“経世済民”を謳う機(からくり)は収奪と破壊の限りを尽くし、“神の見えざる手”は人類を阿鼻叫喚の地獄に導いた」
「それを乗り越えた太陽系から、こうして来てくれたんだ。こんなに頼もしいことはないよ」ジャガーはコスモスの肩を叩いた。「だが、労働運動というものは見たことがないだろう。太陽系では自治惑星から革命が始まったが、アンタレスにはナショナルセンターが必要だ」
「生産は社会の要ですもんね」コスモスは言った。「トリトンさんが、そう言ってました」

 コクピットガラス越しに、アルタイルの視界に延びるカタパルトの壁面。彼が乗っている指令機は、地球革命前夜に活躍した戦闘機を改造したものだった。
「アルタイル隊アルタイル、アクイラコマンダー。行きます!」
ヘルメットを被ったアルタイルが宣言すると、赤と青のラインに彩られた鋼色の翼は勢いよくデッキを駆け抜け、宇宙空間に飛び出した。
 機体を必要としないドラコには、専用の出撃ゲートがあった。ドラコは左腕に装着したデバイスからカードを取り出し、ゲートの前に立った。
「アルタイル隊ドラコ、スイフト。出るぞ!」
≪スパイラルチェンジ≫
夕陽色の光に包まれて、ドラコはハッチから飛び出した。程なくして、ドラコは濃紺の鱗と夕雲色の蛇腹に包まれた風と炎の巨人になり、背中から光の翼を広げて隊長機を追った。
 氷刃(スラッシュ)の鎧を纏ったヴォルフガングが乗り込んだのは、パワータイタンの両足が載る大きさの飛行円盤である。立ったまま操縦するタイプのコクピットに入ると、ヴォルフガングは鞘型の操縦桿に白刃のサーベルを挿し込んだ。
「ヴォルフガング隊ヴォルフガング、白雪(シラユキ)。発進する!」
円盤が飛び立つと、白い天板から群青の光が立ち上り、白銀の巨人が長剣を構えた。
 小惑星ラムダ。漆黒の巨人・大地(テラ)がただ独り、ケフェウスの軍隊を迎撃していた。左腕に装着された手甲型のデバイスがキマイラからの通信をキャッチし、レオンの神経に暗号パルスを伝えた。
「援軍は、もう暫く掛かるか」レオンは敵機の熱線を躱し、凍結弾や斬甲刀を長柄の鎚で跳ね返しながら、小惑星の地面から飛び散った石片を手甲で受け止めた。
≪アクティベート・ライフシード≫
石片によってデバイスのスイッチが押され、埋め込まれたパワージェムが緑色の光を放った。テラの肢体を新緑の装甲が覆い、長柄の鎚も新たな力を備えたハルバードに変化した。
「丁度いい。パワータイタン・始祖(オリジン)が遺した力を試そう」

邂逅

 コスモスは、ジャガーが常任を務める鉄道労組の事務所に案内された。
「まあ、社会見学ってやつだ。みんな、いろいろ教えてやってくれ」ジャガーは組合員たちに、コスモスを紹介した。
「早速だが、坊主」組合員の一人が、声を掛けた。「街宣に行くんだ。フライヤー配りを手伝ってくれ」
「はい」コスモスは元気の良い返事をした。
 案内されて入ったガレージの中には、大型のワゴン車が4台並び、その奥では1隻の飛行船がエンジンを起動していた。
「あのスカイパフォーマーから、対象エリアにユニオンソングを流すんだ」組合員はコスモスに説明した。「そして動く演壇・ランドチャッターを中心に、フライヤー部隊が往来に切り込んでいくってわけ。坊主は1号車に乗れ。駅前広場に行くぞ」
 コスモスは10人乗りのワゴン車に揺られながら、労組活動の説明を受けた。争議の発端は、民営化に伴う首切りだったこと。残った社員も次々と過労で倒れ、重大事故が相次いだこと。組合が解雇撤回と再公営化を求めると、今度は組合活動を理由に懲戒されるようになったこと。

 広場に停まった車から乗員が降りると、車体は前方部分を残して展開し、大型のピックアップトラックに変形した。畳まれたシートの下部に埋め込まれたPA機材が起動し、巻き取り式の液晶画面が勢いよく立ち上がって、「動く演壇」は完成した。
「誰の許可を得て駐車している」
 コスモスがフライヤーを手渡されるや否や、5人ほどの男が街宣隊の前に立ちはだかった。
「駐車……これが、ただの駐車に見えるんですか」コスモスは素朴に聞き返した。
「馬鹿。見えないから弾圧しに来てるんだよ」組合員は、コスモスの手を引いて隊の陰に下がらせた。「こいつらは、統治機構(リヴァイアサン)の私服刑事だ」
「ほう。地球人の少年か」リーダー格と見える刑事が、コスモスに目を付けた。「ようこそ。革命の星から、遠路はるばる」
その台詞から上司の意向を察した刑事たちは、手帳やカメラを取り出してコスモスの記録を取り始めた。
「おい。こっちは何もしてないぞ」組合員たちは怒鳴った。
「してるだろうが。違法駐車をよお」刑事も声を荒げた。
 何とかしなきゃ。そう思ったコスモスは、両手を背後に隠すと、左腕に装着した時計型デバイスのボタンを押した。右手の指の隙間から紅蓮の光が漏れた次の瞬間、刑事たちの背後から銃声のような音が響いた。
「何だ。火災か」
「貴様。何かしたな」
銃声がした駅舎の方へ向かったのは1人だけだった。残る4人は組合員たちのスクラムを掻き分け、コスモスは瞬く間に捻じ伏せられた。
「離せよお」コスモスは抵抗した。
「パワージェムを持っていないか、調べろ」リーダー格の刑事は部下たちに指示した。見つかったら、どうするつもりなのか。コスモスは恐怖し、目を瞑った。
 その時、揉み合う者たちの中に黒い影が突っ込んだ。
「うわっ」刑事たちは跳ね飛ばされ、四散した。コスモスは組合員に手首を掴まれ、引き戻された。
「はあ……はあ……」突っ込んできたのは、アイアングレーのスーツに肢体を包んだ少年だった。息を切らしたその素顔は、何かに怯えているようだった。損傷した外装から焼け焦げた回線が垣間見え、その断面から青白い稲光が散っていた。少年がやっとのことで体を起こすと、胸の中央に取り付けられた発光パーツが丁度グリーンからイエローに変わるところだった。
「サイボーグ……少年兵か」リーダー格の刑事は言った。「しかし、いったい何が」
 少年はよろめきながら、走って逃げ出した。
「少年兵は後だ。組合の連中を——」
 刑事たちが弾圧を再開しようと思ったときには、青い巨竜がコスモスと組合員たちを背に乗せて飛び去っていた。
「1号車は撤退。2号車に合流する」動く演壇も再びワゴン車に変形し、発進した。

便り

「何てことをしてくれたんだ」
 事務所に戻ると、コスモスは組合員らから叱責された。
「あの場は凌いだけど、事後弾圧ということもあるんだぞ」
「昔、お前がハネた時のようにな」ジャガーが割って入った。「育て甲斐があるじゃないか、リゲル。並みの使命感じゃ、あんなことは出来ないぜ」
「——ちゃんと説教しとけよ。お前が連れて来た若造なんだからな」昔話を暴露された、リゲルという組合員は、きまり悪そうに退席した。
「すみません、ご迷惑をお掛けして」コスモスは頭を下げた。
「これを機に学べばいいんだよ。知らなかったんだろう、警察がどういうものか」ジャガーはコスモスの肩を叩いた。「ところで、太陽系からビデオ通信が来ているぞ」
「本当ですか」
「ああ。食堂で通話するから、お前も来い」

≪太陽系評議会、火星代表のアルタイルです。ハイドロン鉄道労組の皆さん、コスモスがお世話になっております≫
「アルったら、まだ兄貴分のつもりなのか」コスモスは笑った。
≪此奴、俺の台詞を……失礼。同じく、革命決戦本部のドラコです≫
「父さん! トリトンさんや、ヴォルフさんは?」
≪会議中だ。レオンもな。ケフェウス連合との戦いは、これからが正念場だ≫
「しかし、驚いたな。惑星代表が、あんなに若いなんて」組合員の一人が言った。
≪コスモスは、幼馴染なんです≫アルタイルは言った。≪今は、前線基地にいます。火星のみんなが、送り出してくれて≫
≪思い切って、部隊長を任せてみました。立派にやってくれてますよ≫
「代表が部隊長って……いや、アルらしいな」コスモスはまた笑った。
≪ピピピピピピ……≫
 アラートを鳴らしたのは、太陽系側の警報システムだった。
「あ、緊急信号」アルタイルはディスプレイに、信号の発出元を表示させた。「え、これって——」
「すみません。急用ができましたので、これで失礼します」ドラコはそう言い残し、ハイドロンとの通信を切った。
「あ。残念」トリトンは、少し寂しげな表情を見せた。
「気になるな。何が、あったんだ」ジャガーは腕を組んだ。

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