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Power Titan X’es ~V~

 ピスケスとの出会いは、ハリーもよく覚えていない。気が付いたら其処にいる、そんな存在だった。
——これ、わかんない。頭がグツグツする……誰か、助けてえ——
——私、エレメンタルだから……皆んなと違うのは本当だし、私も慣れてるので、大丈夫です——
——こんなに真っ直ぐ私に向き合ってくれた人、初めてです。私も信じてみます、皆んなが変わってくれるのを——

 【あの日】を境に、変化は始まった。変わっていったのは、ピスケスの方だった。
——アリエス、練習するよ……何って、エグゼスに決まってるでしょ——
——ごめんなさい、予定、合わせてくれてたのに。カリスの微調整は、こっちでやっときます——
——なんか、周りの目は怖くなくなりました。アリエスが、バーンになった頃から——

V. Gale-Glacier

 エグゼスが飛ばした光の輪は、ワイルドの背後で戦うニーリンの前脚を切断した。それは、ガニメデを掴み、捕らえている方の脚だった。
「止まった? どういうことだ」スイフトはニーリンを凝視した。
——目を覚ませ、ピスケス——アリエスの意識によってエグゼスは再び動き出し、左右の手から光のカッターを投げて鷲の両翼を切断した。エグゼスはそのまま、ワイルドを飛び越えてニーリンの元へ急いだ。
「こっちはやられた」グリフはトゥバンに連絡した。
「上出来だ」トゥバンは応じた。

「嘘。そんなの、嘘」切り離された脚に捕捉されたまま浮遊するガニメデに向かって、ピスケスは叫んだ。「先輩、其処にいるんですよね。嘘だと言ってください」
 ガニメデは沈黙を貫いた。
「どうして、何も言ってくれないんですか。先輩、先輩」
《コントロール回復》トゥバンが乗る頭部コクピットで、システム音声が鳴った。
 程無くして、ニーリンは残った前脚でガニメデを再び掴み、口から怪光線を吐いてワームホールを発生させた。ニーリンは直ちにワームホールに飛び込み、翼を失ったワイルドも続いた。一帯には2体の巨人(タイタン)——エグゼスとスイフトだけが残された。
「自力で戻れるか」スイフトはエグゼスに尋ねた。
「問題無い」答えたのは、アリエスだった。
「相方のケアをしてやれ」スイフトはキマイラに向けて飛び去った。
——帰ろう、ピスケス——エグゼスの中で、アリエスは呼び掛けた。ピスケスは反応しなかった。——ツヴァイは、俺が操縦する——

「評議会、どうするんだろうな」
 地球の民衆は、キングライダーが起こした内乱の話で持ち切りだった。
「評議会がどうするかじゃない。俺たちが決めるんだよ」
「急に言われてもな。うちらの世代は物心ついた頃から、『評議会の下に宇宙を解放する』って言い聞かされてきたんだよ」
「それは、かなり躾がなってる方だな」
「宇宙の解放は良いとして、それまでどうやって生き延びるか。ぶっちゃけ、誰もが不安に思ってるんだよ」

 アリエスとピスケスが地球に戻ってからというもの、ダバランの研究室は重苦しい空気で満たされていた。
「ハリーも帰って来ないし、ピスケスも顔を出さないな」ダバランは溜め息を吐いた。
「それに、気に食わないのはライダーの野郎だ」アリエスも眉を顰めた。「『パンと平和』だと。革命のスローガンを、横取りしやがって」
「動揺する者もいるだろうが、指導者がぶれないことが肝要だな」
「ところで、ピスケスって何処に住んでるんだ」
「星中の海を漂っているんだ。生まれて数百年、彼女はずっとそうやって生きている」
「——俺、捜して来るよ」アリエスは椅子から腰を上げた。

《連邦政府にやる気が無いなら、俺達が立ち上がるしかない。その為には武器が必要だ——豪族の警備を突破出来る、バトルスーツが》
 照明の点いていないデルケトのコクピットで、動画を映す画面だけがピスケスの顔を照らしていた。
《Phone Call from Gula》
 船に搭載された通信機が動画を遮った。
「アリエス?」何事も無かったかのような声で、ピスケスは応じた。
「思ったより元気そうだな」アリエスは安堵した。「今、何処にいる」
「グラとデルケトなら、オートランデブー出来る筈だよ」自分の船が何処に浮かんでいるのか、ピスケスも判っていなかった。「こっちでも起動しとく」
 やがて、デルケトとグラは海の真ん中で落ち合った。
「何してたんだ」グラのコクピットから顔を出して、アリエスは尋ねた。
「『バトルホッパー』、観てた」ピスケスは答えた。
「ああ、あのプラモデルの」
「最初は国家権力から奪った機体で無法豪族のアジトに乗り込むんだけど、段々と本当の敵とか仲間を信じることとかを知っていくの」
「いつも、観てるのか」
「久し振りだよ。最近、忙しかったから——あ、ごめん。今は、もっと忙しいよね」
「そんなつもりで訊いたんじゃない」アリエスは弁解した。「一番、落ち込んでるのはピスケスだと思っ——」
 竜の雄叫びが2人の会話を遮った。ピスケスには聞き覚えのある、キングビーストの声だった。
「——ニーリンだ」

 長大な機獣は、2人に影を落としながら上空を通過した。
「ガニメデ」ピスケスは叫んだ。修理されたニーリンの前脚は、以前と同じく水瓶型の宇宙船を捕捉していた。それを目撃したピスケスの青い瞳は、次第に紫へと色を変えていった。
「ハリーは乗っているのか。コントロールは……」
「そんな事、知らない。関係無い」ピスケスはハーフカリスを腕に装着した。
「兎に角、放っては置けないか」アリエスもペンダントを首から外した。
 1対のハーフカリスが合わさった時、アリエスの体内に感じたことも無い冷気が流れ込んだ。
「何だ、これは」アリエスは狼狽えた。「今にも、凍えそうだ……」

 研究室のコンピュータは、2つの反応をキャッチしていた。1つはキングビーストのクロノクォーツ、もう1つはエグゼスのものだ。
「キングライダーが何をしているのかも、気になるが」ダバランは腕を組んだ。「このエグゼスは、ゲイルグレイシャーか」

 風属性の緑と、氷属性の紫に彩られた巨人は、辺り一帯に冷気を放ちながら宙に浮いていた。紫色の左腕と右脚には銀色の装甲が付き、左側が拡張した胸装甲の中央では菱形のコアが真っ白く光っていた。
——バーンストリームとは逆って訳か——極寒の中で、アリエスの心は震撼した。
——ニーリンを追う——エグゼスは目にも留まらぬ速さで、空中を突き進んだ。
 間も無く、エグゼスは身体をくねらせながら飛ぶニーリンに追い付き、先回りしてその前方に降り立った。
《何の用かな、パワータイタン》ニーリンのスピーカーから響いたのは、トゥバンの声だった。
——こっちの台詞——エグゼスは左手をニーリンの方に突き出すと、クロッシングコアから銀色の聖杯(カップ)が飛び出した。エグゼスがそれを逆手に握った時、杯の中から短剣の刃が伸びた。
《“団結を諦めない”んじゃ、なかったのかね》相手が何を考えているかは解せないながらも、トゥバンは不敵な冷静さを失わなかった。
——ダガークライシス——
 エグゼスは縦横無尽に飛び回り、ニーリンの長い胴を乱れ切りにした。

 宙に浮いたままのガニメデから、ニーリンの前脚がずり落ちた。次の瞬間、ガニメデは青紫色の稲光を放ち、機獣の肢体のようなものを伸ばし始めた。
——馬鹿な。ガニメデに、あんな装備は無いぞ——アリエスは狼狽えた。
——だったら、奴等の誰かが——ピスケスは変貌していくガニメデを睨んだ。
《闘いが進めば進むほど、君は遠くなっていく》
 ガニメデのスピーカー越しに、パイロットは声を震わせた。その声は、確かにハリーのものだった。
《君と一緒に闘いたかったのに。君の隣に立ちたかったのに》
 エグゼスは沈黙した。ピスケスもアリエスも、ハリーが何を言っているのか解らなかった。

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