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Power Titan X'es ~X~

X. Gale-Stream

 1隻の飛行船が、煙立つ評議会館に向かっていた。乗っているのは、スターフィールドでストライキを決行した学生会執行部の面々だ。会館側は主武装の砲台・ストライクメーザーを失うという危機の中にあったが、交渉は予定通りに行われようとしていた。
「『フロントチャンネル』が特別演説を生配信する様ですが、視聴しますか」役員の一人がヴィーナスに尋ねた。
「観たければ、点けろ。私は興味無い」
《私、ピスケス。こっちは、アリエス》
「何だと」ヴィーナスとピスケスには、ストライキの現場で対峙した因縁があった。
《俺達はエレメンタルで、パワータイタンだ》
「そういえば明日、号外が出るらしいですよ。『フロントスパーク』」
「我々の闘いを“弱い者いじめ”と罵った女を……」ヴィーナスは歯軋りした。「やはり、前衛党もそういう立場か」

「知っての通り、太陽系は今、ケフェウス連合軍との戦いの最中にある」
 前衛党本部、放送スタジオ。ビデオカメラの前で、アリエスは語った。
「此の危機に乗じて、評議会を系内から崩そうとする勢力もある」
「ケフェウスが生活を脅かしてるって事は、もう聞き飽きたと思う」此の時、ピスケスの瞳は青い潤いを取り戻していた。「だから、今日は其の話はしない」
「“責める人はいない”って、言ってたのに」ディレクター席で、マラトンは呟いた。
「しっ」隣に座るデメテルは窘めた。
「俺はハーケンベアー支配下のポラリス系から、“宇宙連帯の架け橋”として太陽系・地球に降り立った。初めは成り行きでエグゼスになったけど、今は確信している。此の太陽系の戦いに、ポラリスの解放も懸かっていると」
「此の太陽系には、搾取と格差、差別や侵略といった悲しい歴史がある。私もエレメンタルとして、其の歴史の中を生きてきた」
「宇宙広しと言えど、どの銀河も似た様な闇を抱えてきた。そんな宇宙に差した最初の光が、太陽革命だ。其れは、星屑みたいにバラバラにされた一人一人に注ぐ光だ」
「そして其れは、一人一人が其の手を重ねて放った星団の光。思い出して。帝政を倒す為に立ち上がり、パワータイタン・団結体(ソリッド)を生み出したあの日を」

 警報音がピスケスの言葉を遮った。
「2人は続けて」デメテルは立ち上がった。「私が行く」
 玄関を出ると、ディソリッドは目の前だった。
「ピスケスの代わりじゃない。あの子が闘うべき場所で闘える様に、私は盾になる」
デメテルはダバランに託されたカップにコインを入れ、トリガーを引いた。
「彼奴、もう回復したのか」
 目の前に現れた巨人の姿に、タルパーは驚きを露わにした。アルケムは雄叫びを上げながら突進して来た。
「いや、戦い方が違う様だぞ」ジュピターは見抜いた。
「何でもいい。返り討ちにするぞ」グリフは学生らの尻を叩いた。
「此処が、敵の本丸だ」トゥバンは告げた。

《“自らを解放する事で全宇宙を解放し、全宇宙を解放する事で自らを解放する”——》
 アリエスが語ったのは、反ハーケンベアー同盟「コルヌス」の綱領の一節だ。
「宇宙の全員(みんな)が解放されないと、宇宙の誰も解放されない」病院のベッドで配信を見ていたダバランは頷いた。
《——其の事業を担うのは、一部の英雄や偉人なんかじゃない》アリエスは続けた。《其の事を示したのが、ソリッドだろう》
《“人間が人間らしく生きられる宇宙を”——此れは、私達スターフィールドの学生が、陽帝の牢獄に散ったカリストから引き継いだ願い》嘗て救えなかった仲間に思いを馳せながら、ピスケスは語った。《そんな当たり前の事を、搾取と支配の鎖が大それた事にしてた。其の鎖を断ち切ったのは、貴方》
「私は入学式を潰されたんだが」
 画面越しに人差し指を向けられて、革命当時6歳のヴィーナスは思わず呟いた。だが、他の役員——何(いず)れも、概ね同世代だ——は演説に聞き入っていた。
《あんた達は使い捨てられる消耗品でもなければ、守られるだけの弱者でもない》
《革命からもう12年、長く苦しい戦いなのは解ってる。でも、此処が踏ん張り所》
 其の頃、文字通り踏ん張っているのが、ディソリッドの進撃を止めるアルケムだった。
「しぶといな、此奴」グリフは舌打ちした。「相手が纏わり付いてんだから、レックスの顎で噛み砕けば……おい、聞いてんのか。ハリー」
「先程から、ずっと黙っているね」トゥバンは気付いた。「モニターを見る限り、意識レベルは正常だが」

「全宇宙の労働者、団結せよ!」
 声を揃えて演説を締め括り、アリエスとピスケスはスタジオを飛び出した。
「配信は続けて。現場には俺が」マラトンはスタッフに指示を出し、カメラを持って2人を追った。
「デメテル! もう、いいよ」ピスケスは叫んだ。
「いや、まだいける」アルケムは力強く応じた。「戦おう、一緒に」
《あんな演説が何だ》アルケムに手こずるディソリッドから、ハリーの声が響いた。《評議会を倒して苦境を抜け出す、其れが民衆の揺るがぬ意思だ》
「此れが、彼奴の答えか」アリエスは瞳を赤く燃え上がらせた。
「其処は、期待してなかった」ピスケスの瞳も、再び紫色に冷え込んだ。
 アリエスとピスケスが二分されたカップを合わせ、アルケムの隣に双極態(バーングレイシャー)の光が立ち上った。
「決着を付けよう。キングライダー」エグゼスはディソリッドを指差して言った。

「気は確かだった様だね、ハリー」
 トゥバンは言った。
「敵は2体だが、問題無い。此方は5つの機体で包囲出来るのだから——」
「今だ」ハリーが叫ぶと、ディソリッドは突然、翼を拡げて離陸し、雲を突っ切って垂直に急上昇していった。
「おい、どういう事だ」グリフはライオンユニットから怒鳴った。
「俺じゃない」イーグルユニットに乗っているタルパーは叫んだ。「コントロールをジャックされてる。レックスユニット……つまり、ハリーに」
《前線に突っ込む》ディソリッドの対外スピーカーは、ハリーだけがオンにしていた。《ケフェウス機を、叩けるだけ叩く》
「ハリー、血迷ったか」カイリンユニットのトゥバンは声を荒げた。
「宇宙に特攻だなんて、聞いてない」タルパーは震え上がった。
「まさか、最初から機体目当てで」アルケムはディソリッドを見上げて言った。
「だとしても、人民の解放とは違う道だ」アリエスの怒りが収まる事は無かった。
「やった事、裏切りは裏切り」ピスケスの氷も融けなかった。

《こうするしか無かったんだ》
 ハリーは血を吐きながら言った。
《俺の今迄にけじめを付けるには、こうするしか》
「早まるな、ハリー」ダバランは思わず、画面に向かって叫んだ。
「馬鹿だよ、お前」アリエスは声を震わせた。「あの研究室で、何学んでたんだよ」
「訳、解んない」ピスケスは呟いた。「“けじめ”どころか、全部から逃げてんじゃん」

「貴様の好きにはさせん」
 トゥバンはニーリンの緊急用プログラムを起動した。其れは、他のユニットを強制シャットダウンし、ディソリッドのコントロールを掌握する為の物だった。
「何をした、トゥバン」ハリーの神経に、カラミティを通してニーリンからの信号が流れ込んだ。ハリーは血飛沫と共に悲鳴を上げ、停止信号に抵抗した。
「全ユニット、ブラックアウトだと」キュウジユニットのジュピターは焦った。「板挟みになって、負荷が掛かり過ぎたのか」
 ディソリッドは上空で一時、沈黙した。飛行エンジンも停まったので、イーグルの翼で空気抵抗を受けつつ機体は落下していった。やがて、制御を失ったエネルギーがプラズマの塊となって、周囲に飛散し始めた。
「街が!」アルケムはカップをリボルバーに変え、降り注ぐプラズマ塊を空中で撃破した。
「回避しろ」
 ヴィーナスは操縦士に怒鳴った。飛行船は現場を通過しつつあった。
「言われなくても……やばい。間に合いません」
 エグゼスは、プラズマが飛行船に迫っているのに気付いた。飛行船のに描かれたシンボルから、其れが学生会の物である事は一目瞭然だった。
「危ない」エグゼスは全身から緑と青の光を放ちながら、飛行船の方へ飛び出した。ディソリッドのプラズマはエグゼスの背中を直撃した。

「何故、エグゼスが我々を」
 ヴィーナスは戸惑った。飛行船の目前では、菱形の発光体が青白い光を不安定に点滅させていた。
「ゲイルストリーム……」アルケムは少しの間、エグゼスの傷付いた背中に目を向けた。其の背中は、怒りの炎と失望の氷を取り払い、信じるべき民衆に向き合う巨人の姿だった。

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