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Young VANGUARD ~Phoenix~②


Scene 2.2

「ゼノンって言ったよね」
 ラウンジでコーヒーを飲む青年に、フェニックスは声をかけた。
「私の増幅器(これ)、見てくれない? 私も地球(むこう)では技術部だったんだけど、どこがいかれてるのか判んなくて」
「壊れてはいない」ゼノンは言い切った。「念力で作動を止めただけだ」
「どういうこと」
「だが、お前のパワージェムは渡せ。巨人(タイタン)は、俺一人でいい」
「じゃあ、あんたがさっき私を助けた……」フェニックスは困惑した。「でも、なんでそんなこと言うの。私が太陽系人だから? それとも——」
「ジャガーやリゲルだって同じだ」ゼノンは遮った。「リヴァイアサンは、必ずタイタンを標的にする。組合を巻き添えにするわけにはいかない」
「リゲルが言ってたよ。ビークは『守り神』だって」フェニックスは反論した。「もうリヴァイアサンも、そういうもんとして見てんじゃないの」
「だから、これ以上は駄目だと言っているんだ」ゼノンは席を立った。「とにかく、此処では絶対にその力を使うな。組合員(あいつら)にも、余計なことは言うんじゃないぞ」
「ありえない。私だけ、鳴りを潜めてろってわけ」
 フェニックスの問いに答えず、ゼノンは歩いて行った。
「何なの、あいつ」フェニックスは舌打ちした。

Scene 3.1

 ハイドロンに着いてから数日、フェニックスはニュースを見るたびに怒りを掻き立てられた。
 アンタレス系のマスメディアは、鉄道労組に猛烈なバッシングを浴びせていた。組合が労働者の権利と乗客の安全を守るために闘ってきたことを、“事あるごとに列車を止め要求を押し通す税金強盗”と180度引っくり返して罵倒するといった具合だ。議会で答弁に立った大臣に至っては、“労組対策としての鉄道改革は系民の望むところ”とまで言ってのける始末だった——そんなことも知らない有象無象が、ネットに“組合差別の首切りとやらは根拠のない陰謀論”などと書き散らすのであるが。
「新聞社に抗議しないの」
 フェニックスは労組の会議で尋ねた。
「政府(リヴァイアサン)に阿(おもね)って大法螺吹くことを、『報道の自由』とは言わないでしょう」
「それは俺も考えたけど、正直そんな余裕は……」ジャガーは難色を示した。「ストは、もう来週なんだし」
「でも、今のままストをやったらますます風当たりが……」リゲルは怖じ気づいている様子だった。
「抗議はやりましょう。ストが終わったら、すぐにでも」委員長は明快に答えた。「動揺せずに闘い切ることが、悪宣伝への最大の反撃にもなります」
「わかった」フェニックスは頷いた。「私も色んな人、誘ってみる」

Scene 3.2

《民営化を阻止するぞー》
《鉄道の安全を壊すなー》
《インフラで金儲けができるかー》
《組合つぶしの改革法を取り消せー》
 ストライキ当日。組合員は総出で、ハイドロン最大の駅であるサソリザ駅前の広場に集まっていた。鉄道利用者をはじめとする労働者・市民に、労組への連帯を訴える街頭集会だ。
 ビラの受け取りは上々だった。リヴァイアサンは民営化によって鉄道の利便性が向上すると謳うが、素朴に運賃の値上げや“赤字”路線の減便を懸念する声は根強い。
《集会中の鉄道職員に告げる》
 駅舎から数人の職制が出て来て、拡声器越しに警告した。
《違法なストを直ちに中止し、職務に戻りなさい》
「そうだそうだ」通行人の一人が野次を飛ばし、組合員からビラを奪って握り潰した。「公務員のくせに、仕事止めてんじゃねえよ」
「じゃあ、民営化したらストやり放題——」別の通行人が呟いたところ、職制が鋭く睨み付けた。「——何でもないっす」
 その時、轟音と共に巨大な機影が広場を覆った。それは、リヴァイアサンの輸送機だった。
「おい。警察を呼んだのか」ジャガーは職制に詰め寄った。職制は何も答えなかった。
 輸送機から降下してきたのは、地球の獣脚類に似た何体もの機獣だった。
「これは警察じゃない」委員長は叫んだ。「アンタレス軍だ」
「そりゃ、そうだろ」輸送機のパイロットは呟いた。「この前みたいな巨人が、警察の手に負えるか」
 フェニックスと組合員たちがスクラムを組み始める中、ゼノンは広場の公衆トイレに向かって駆け出した。
「独りになるな。危ないぞ」リゲルが呼び止めたが、ゼノンは反応せず小屋の陰に身を隠した。

 ゼノンは懐から、猛禽の上嘴に似た石片を取り出した。
「力を貸してくれ、ビーク」マスクのように薄く湾曲した石片に語り掛けると、ゼノンは顔の前に両掌を重ね、口元に石片を当てた。たちまち、鮮烈な光がゼノンの体を包んだ。
「あ、ビークだ」小屋の陰から光とともに巨人の姿が立ち上り、広場にいたすべての人々の目を引いた。
「フォーメーションB」輸送機内の司令官は指示した。無人の機獣群は二手に分かれ、一方はスクラム隊を見下ろして威嚇し、他方はビークを取り囲んで口から銃身を伸ばした。ビークは八方からの銃撃に耐えながら、右掌を組合員たちの方に伸ばして念動力を発した。
「うわ」組合員たちは念力によって駅構外に押し出された。「なんで、俺らの方を」
「あいつ、我々(うちら)を機獣に近付けさせないつもりだ」フェニックスは察知した。「リゲルも、他力本願になる訳だよ」
 ビークは銃弾を浴び続けて膝をつき、やがて変身が解けてゼノンの姿に戻ってしまった。ゼノンは血を滴らせながら機獣群の脚の間を潜り抜けたが、その素顔は機獣のカメラを通して輸送機のモニターにくっきりと映し出された。
「何だ、人間じゃないか。警察の連中、ろくに調べてないな」司令官はぼやいた。「フォーメーションAに移行」
 2隊に分かれていた機獣群は広場を囲むように並び、集会に戻ろうとしていた組合員たちの行く手を阻んだ。
「どうすれば」委員長は唇を噛んだ。

「私はゼノンを捜す」
 フェニックスは委員長に耳打ちした。
「あとのみんなで、集会を再開して」
「でも、この機獣の壁を抜けることなんて……」リゲルは戸惑った。
 フェニックスは前に進み出て、腰のホルスターからハンドガン型の増幅器を抜いた。
「その銃は、まさか」ジャガーは直感した。
「古代の地球じゃ、女が先陣切って革命を起こしてきた」フェニックスは矢羽のような起動スイッチを引いた。「私は、その魂を継いだ戦士なんだよ」
 朱色の銃身から不死鳥の翼が弓状に展開し、フェニックスの体は紅蓮の光に包まれた。
「強力なジェムパワー反応」輸送機のパイロットは司令官に報告した。「火の属性と思われます」
「パワー……タイタン?」司令官は、眼を見開いて呟いた。
「……ブレイズ」炎を放ちながら巨人の姿になっていくフェニックスを見つめて、ジャガーは呼んだ。「パワータイタン・烈火(ブレイズ)」

 機獣群は朱色の巨人に銃口を向け、一斉に発砲した。ブレイズは右手に持ったクロスボウ型の光線銃で瞬時に銃弾を撃破すると、真上に飛んで機獣が闊歩する広場を見下ろした。
「The People United Will Never Be Defeated!」委員長がリズムに乗せてシュプレヒコールを上げ、組合員たちも繰り返した。「The People United Will Never Be Defeated!」
 力強いシュプレヒコールに励まされ、ブレイズは体を回転させながら急降下した。火炎を帯びた巨体は機獣群を直撃し、全機を炎上させて組合員(なかま)たちの前に降り立った。
 こうして、国家暴力(リヴァイアサン)は労組の戦意を挫くことに失敗した。軍の輸送機はなす術なく撤退し、組合員たちは勝利の歓声を上げた。

Scene 4

 組合員たちは手分けして広場を捜したが、ゼノンは見つからなかった。

 鉄道の民営化は4年以上にわたって阻止されてきたが、遂に強行された。委員長ら指導的な組合員のほか、若手のジャガーやリゲルも“新会社”には採用されなかった。
 巨人(タイタン)であることが発覚したゼノンとフェニックスは、リヴァイアサンが指名手配した。労組は解雇と民営化を撤回させる闘いに全力を挙げつつ、ゼノンの捜索も続けることになった。

「まさか、ゼノンがビークだったなんてな」
 休憩中の会議室で、ジャガーは言った。
「手配されてるってことは、逆に言えば捕まっちゃいないってことだよな」リゲルは安堵を漏らした。「でも、やっぱ人間やめなきゃ戦えないのかな。リヴァイアサンとは」
「パワータイタンだって、普通の人間だよ」フェニックスは応じた。「それに、ジェムの力で戦ってるわけじゃない」
 ——私は【力の所在】を見誤っていたのだ。お前も向こうで経験を積めば、すぐにわかる——
「解ったよ、カストル」旅立つ直前に言われたことを思い出して、フェニックスは呟いた。
《緊急。緊急》
 事務所の全館に、放送が鳴り響いた。
《ガサの兆候あり。全員、直ちに会議室へ》
「署前に斥候を出しておいて正解でした」委員長は言った。「今回は、手配者の退避が最優先です。フェニックスさん、此方へ」

 委員長がフェニックスを案内したのは、事務所の地下に隠された秘密の格納庫だった。
「ゼノンが設計した、スペースアクイラです」委員長は新型の宇宙飛行機を紹介した。「太陽系まで逃げられるくらいの、装備と燃料はあります。短い間でしたが、お世話になりました」

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