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Power Titan X'es ~VIII~

VIII. De-Solid

——人間が人間らしく生きられる宇宙を——
 スターフィールド大学。太陽帝政によって獄死を強いられた無実の政治犯、カリスト・スターフィールドの遺志を継ぐ為に、評議会が設立した先端研究/高等教育機関だ。
 その中の「エレメント学科」は、パワージェムとエレメンタルの謎を自然科学的に解き明かそうとしている。ダバラン研究室も属するその学科は、ケフェウスとの戦いを技術面で支える要でもある。

「あれから、ピスケスの調子はどう」
 キャンパスの広場を歩きながら、デメテルはアリエスに尋ねた。
「不眠不休で駆け回ってるよ」アリエスは眉を顰めた。「“人手が減ったんだから、埋め合わせなきゃ”って。見掛けはハリーが脱落(お)ちる前よりも溌剌としてるが、エレメンタルでもあれは長続きしない」
「あの子は、前からそう」デメテルも溜め息を吐いた。「辛い事があった時ほど、身を削る事で気を紛らそうとする」
「だから、止めても聞かないのか。手伝うって言っても、独りでやりたがるし」
「やっぱり、話す余裕も無い位、応えてるのかな」デメテルは首を傾げた。「結構、自己分析して自分から話してくれる方なんだけど」
「そうなのか……」アリエスは暫しの間、考え込んだ。「いや、其れは俺の問題かもな」
 2人が差し掛かった講義棟の前には、多くの学生や教員が滞留し、何やら普段より騒々しくなっていた。
「何の騒ぎだ」
「もう授業、始まるのに。皆んな、入らないのかな」
「アリエス、デメテル」群衆の中から声を掛けてきたのは、ピスケスだった。「こっち、こっち。大変だよ」

「諸君、よく集まってくれた」
 薄暗い、アジトのビースト格納庫。ばらばらの機体を背に、トゥバンは言った。相対しているのは、十人前後の青年だ。
「今日から、お前等は“キングライダー”の一員だ」グリフは告げた。
「それぞれ訳があって、評議会の下(もと)で生きる事に限界を感じた学生達——俺も、その一人だ」ハリーは語った。「早速だが、本題に入ろう。此のキングカラミティの真の力を引き出す為に、君達の優れた手腕を振るってほしい」

《私達、スターフィールド学生会は、評議会に学食の無償化を求めます》
 講義棟で起きている事態は、学生による玄関を封鎖しての“ストライキ”だった。
「あの声は、ヴィーナス」
「ヴィーナスって、学生会長の?」アリエスはデメテルに尋ねた。
「うん。ちょっとお休みしてる間に、こんな事を……」デメテルも学生会の執行委員だが、近頃はピスケスの心身を案じて会議を欠席する事が多くなっていた。「私も修学証明だけじゃ足りてないけど、だからって」
「皆んなの不満が、変な形で噴き出してるんだよ」ピスケスは言った。「多分、キングライダーに触発されて」
「俺、彼奴等と話して来る」
「いや、私が行く」ピスケスはアリエスを制止した。
「それなら、せめて2人で——」
「アリエスは休んでて。敵が、いつまた現れるか判らない」
「冗談じゃない。休むのはお前だ——」
 ピスケスはアリエスの足元に、右手から冷気を放った。アリエスの膝から下は、忽ち氷漬けになってしまった。
「お前、嘘だろ」アリエスはピスケスの手首を掴んだ。ピスケスは難無く振り払い、人混みを掻き分けて玄関へ向かった。
「ア、アリエス……」デメテルは迷った。ピスケスもアリエスも、放っては置けない。
「俺の事はいい。ピスケスを頼む」
 デメテルを見送った後、アリエスはポケットから携帯端末を取り出した。「さあて。俺の火は、調節が利かないんだよな」

「学生会に、ピスケス……あらゆる所から、悲鳴が上がっているな」
 連絡を受けて駆け付けたダバランは、アリエスに膝甲型のパワー調整器を手渡した。
「ハーフカリスもそうだったけど、あんたの開発ってタイミングが良いよな」
「目的意識の成果だ」
「前は、“偶然”って言ってたのに」右膝に調整器を装着し、熱の力で氷の拘束を徐々に融かしながら、アリエスは笑った。「しかしハリーの奴、見当違いもいいところだぜ。てめえを失った途端、他ならぬ俺がこのザマだっての」
「それは、どういう意味だい」
「足並みが揃わないから、一緒に行けなかったんだ。少なくとも、ピスケスはそう考えた」
「彼女がそう言ったのか」
アリエスは首を横に振った。
「デメテルと話して思った。俺はピスケスの事、全然見えてなかったって」

「やってる事、弱い者いじめ」
 ピスケスは喝破した。
「評議会は、ケフェウスより怖くないから」
実際、大学教授会でも革命指導の課題として学生会の行動は焦点化されていたが、当該学生には処罰一つ視野に入っていなかった——それは、“自由の国”を標榜するケフェウス連合では寧ろ考えられない事だった。
「ピスケスは良いよね」ヴィーナスは吐き捨てた。「エレメント学科なら、遣り繰りに困る事も無いでしょう」
「この、解らず屋」ピスケスは瞳から紫色の冷たい光を放ち、右手を前方に翳して氷のパワーを溜め始めた。
「やめて」デメテルはピスケスを抱き締めた。「もう、やめて。このままじゃ、貴方が壊れちゃう」
 乾いていたピスケスの目から、細い涙の筋が走った。やがてピスケスはデメテルにしがみ付いて、ぼろぼろ泣いた。
「君達の訴えは、よく解った」
 封鎖された玄関に現れたのは、評議会の科学庁役員でもある大学長だ。
「一両日中に、協議の場を設ける。後ほど指定する時間に、会館へ来てくれたまえ」
《では、本日23時59分迄に日時の発表が無ければ、ストライキを再開します》ヴィーナスは拡声器を通して告げた。

「泣き疲れて、寝ちゃった」
 ダバラン研究室に入ると、デメテルはピスケスをソファに寝かせた。
「自然に目が覚めるまで、起こさないでおこう」アリエスは言った。
 その時、研究室のコンピュータが警報音を鳴らした。
「ストライクメーザーからの信号が途絶えた」警報の内容を確認すると、ダバランは会館に連絡した。「其方で何があった」
《突然、メーザーが大破したんです。外部からの攻撃と思われますが、それ以上はまだ……》

「こんな事、して良かったのか。此処は、今日明日中に学生が来るんだろ」
 完成した機体のコクピットから、グリフは尋ねた。
「問題無い。執行部との意思疎通は出来ている」
「協議前に向こうを丸腰に出来るなら、丁度良いってよ」
キングライダーに加わった学生の2人が答えた。夫々のコクピットには、搭乗者の名前——一人は「Jupiter」、もう一人は「Tulpar」——が表示されていた。
「協議自体が中止になっても、知らないぞ」グリフは呟いた。
「其れは無いさ。評議会(かれら)に、そんな余地は無い」トゥバンは指摘した。
 ライオンとイーグル、麒麟(カイリン)と九似(キュウジ)、そしてT-Rex (テリブルレックス)——ライダー達が乗っているのは、5つのビーストユニットが合体した人型の機体だった。胴体に位置するカラミティのBMIケーブルには、俯いて沈黙したハリーが繋がれていた。

「済まないが一旦、独りで出てくれ」
 ダバランはアリエスに頼んだ。
「さっきの調整器(ギガスパークラー)を、増幅器(ハーフカリス)と組み合わせて使うんだ」
「“gigas-sparkler”って……初めから、変身用だったな」アリエスは駐機場へ急行した。
「デメテル。ピスケスの事も気になるだろうが、君には此方の最終調整を手伝って欲しい」
「何でもやります」

《評議会を打倒し、新たな共和国を築くことは全く可能だ》
 姿を現した巨人は、本体のスピーカーと附属機の電波で民衆に告げた。
《此の“タイタン・ディソリッド”が、途(みち)を切り拓く》
「ガラクタ寄せ集めて、脱団結(ディソリッド)とはね」グラを会館前に停めて降りると、アリエスは左腕のハーフカリスで右膝のギガスパークラーにタッチした。
《Metamorphose; Property=Hot》
 空を見上げ、背中の翼を拡げるディソリッドの前に、金色の巨人が立ちはだかった。上半身には赤の、下半身には緑のラインが走り、頭部の鰭は無く角だけが生えていた。
「行かせないぞ。お前等の途は、此処で終わりだ」

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