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Power Titan X'es ~VI~

VI. Calamity

 闘いが進んでいる——それは、確かにそうだった。そもそも、ポラリスから逃げ延びて来たアリエスと新たな団結を築いたことが決定的な一歩だ。その彼と共にキングライダーと対峙する傍ら、評議会はケフェウスを始めとする帝国からの侵略を前に一歩も後退せず、それこそポラリスのような圧政下の人民に希望を与えてきた。それは、総ての闘士たち——ピスケスも、アリエスも、勿論、ハリーも——の団結で切り拓いた地平だ。

——あれはまさか、キングカラミティ——
 暴君竜のように形成されていく機獣の佇まいに、ピスケスは戦慄した。
——止(や)めなさい。その機体だけは、駄目——
《エグゼスを一目、見た時から自分を恨んでいた。何故、俺にはゲイルの力が無いんだと》
——何——事実上、名指しで言及されたのは、アリエスには思いもよらぬ事だった。
《打ちひしがれた俺の前に現れたのが、この力だった。評議会を後ろから刺すキングビースト、それもライダーの身を亡ぼすという呪いの機体》
——なんで……なんで……——エグゼスの震える左手が、短剣を地に落とした。その時、クロッシングコアの白い輝きも揺らぎ始めた。
《解るか、ピスケス。だからこそ、俺はそれを手にしたんだ》
——エグゼスが……先輩を追い詰めた……?——紫色の手脚が青く変色し、銀色の装甲は融け落ちるように消失した。
——ふざけるな——奮い立ったのは、アリエスだった。——ピスケスの信頼を裏切った上に何度、追い討ちをかける気だ——
 “バーンストリーム”の姿になったエグゼスが銀柄の短剣を右手で拾うと、その武器は金柄の棍棒に変わった。エグゼスは棍棒を振るい、カラミティと呼ばれた機獣に向かって駆け出した。
 棍棒は機獣の頸を直撃した。カラミティは斜め上に飛ばされ、やがて空中で全身から青紫色のプラズマを放ち始めた。
 コクピットの中で、ハリーは高笑いを上げた。
——効いていないのか——
巨大な火の玉のように輝くカラミティは、上空から隕石の如くエグゼスに突撃した。
「アリエス! ピスケス!」研究室のモニターを見て、ダバランは叫んだ。「無事なら、電話に出てくれ」

 白い煙が漂う中で、土の上に転がった携帯端末が呼び出し音を鳴らしていた。地を這うように伸びた手が、端末を取って応答した。
「アリエスだ。カラミティは、見失った」
《それはいい。2人は無事なのか》
「俺は平気だ。ピスケスは、気を失っている」
《迎えに行く。其処で、安静にしていてくれ》
「せん……ぱい……」ピスケスは目を閉じたまま、掠れ声で囁いた。「ほん、とに……うらぎっ……」

——この春、スターフィールドに入学したピスケスです。よろしく——
——やあい。尻尾、尻尾——
——こら、おちびちゃん。人の体のことは、からかうもんじゃないぞ——
——ハリー、後で遊んで——
——すみません、うちの子が——
——いえいえ。こうやって、一つずつ学んでいくのが一番ですから——
 あんなに優しかった先輩が、近所の親子にも慕われていた先輩が。どうして、どうして——

「ピスケス。ピスケス?」
「——デメテル……」
 仰向けで目覚めたピスケスの顔を覗き込んでいたのは、大学で出会って以来、懇意にしている少女だった。
「気が付いた。ずっと、魘されてたんだよ」
「今、何時?」
「丁度、お午(ひる)だけど」
「大変! ミーティングが——」
「それなら、俺が代わりに出ておいたから」アリエスが言った。「気持ちの整理に、時間が必要だろう。お前の瞳(め)、また黒ずんでるぞ」
「仕事してた方が、気が紛れるもん」
「取り敢えず、何か食べて来なさい」ダバランは言った。「その後、手伝ってもらいたい事がある」

「今、使える機体はカラミティだけか」
 地下のアジトでは、グリフ、トゥバン、それにハリーの3人が一堂に会していた。
「だが、痛手を負ったのは評議会側だ」頭を抱えるグリフに、トゥバンは応えた。「エグゼスは、どうも冷静さを欠いているようだったな」
「ま、仲間に裏切られて動揺したってとこか」グリフはハリーの方を見て言った。「よっぽど、信頼されてたんだろうな」
「どうだか」ハリーは無愛想に応じた。「トゥバンも人が悪い。エレメンタルの反応をキャッチして、わざと目に付くように飛ぶんだからな」
「君には、改めて演説をしてもらう」トゥバンはハリーに告げた。「素直な心境を吐露するのはいいが、あれを拡散されたら君も恥ずかしいだろう」
「それより、これからどう戦う」ハリーは話題を変えた。「理論上、エグゼスはまだ強くなりうるぞ」
「カラミティにも、何やらリミッターが掛かっているらしい。その解析は君に頼むよ」トゥバンは言った。「それと、とっておきのカードがある」

「これ、さっきの戦闘データ……」
 暖かいカフェモカを啜りながら、ピスケスは言った。
「これを見て、君はどう思う」ダバランは尋ねた。
「やっぱり、バランスが悪い。特に、この時のバーンストリームは、私の意識が薄れてたから……」
「確かに、手を借りたいのはデータの分析なんだがね」ダバランは頭を掻いた。「じゃあ、聞き方を変えよう。この時の映像が出回ったとする。君は民衆に、どうコメントする」
「……“新たなキングライダーは卑劣な裏切り者です”」ピスケスは俯いて、呟いた。「“エグゼスは宇宙革命を防衛すべく、この敵を全力で——」
「そうだな。ハリーは、我々を裏切った」ダバランは溜め息を吐いた。「ただ私は、そんな風に彼を罵る気にはなれんのだ」

「デメテルといったな」
 アリエスは少女に話し掛けた。研究室でピスケスとダバランが作業に当たっている間、2人はカフェテリアに移動していた。
「ピスケスとは、長い付き合いなのか」
「入学が同期なの」デメテルは答えた。「長生きのあの子からしたら、私との出会いなんて昨日のことみたいなものだろうけどね」
「じゃあ、人生の大先輩って感じか」
「よく、相談には乗ってもらってる」デメテルは頷いた。「仕草は子供っぽいし、食い意地も張ってるけど、誰よりも思いやりのある子だから」
「だからこそ、裏切り者だけは絶対に許せない……か」
「宇宙の解放にとって必要なことなら、氷の姿になるのも止めない」デメテルは語った。「ただ、ピスケスが何かを見失っているようなら、貴方が目を覚まさせてあげて」
「努力は、するけど」アリエスは重責を感じた。「彼奴が見失うほどのものを、俺が見つけられるかな」

「あの男に同情でもしてるんですか」
 ピスケスは、青い輝きを失ったままの瞳をダバランに向けた。
「そうじゃない。ただ、我々がまず示すべきなのは、この事態をこの地球で生み出してしまったことの総括なんじゃないかとね」
「そんな事、言っても」ピスケスは困惑した。「勝手に心を閉ざしてたの、向こうだし」
「勿論、君がハリーに負い目を感じる必要は無いよ。起きていることはハリー個人の問題じゃない。そうだろう」
「それは、そうだけど……。でもキングライダーは必ず、堕ちるところまで堕ちる」
「確かに、彼等が踏み入れたのはそういう路(みち)だがな」ダバランは頷いた。「だからこそ、我々は大きく構えて、正しい路を示し続けなければならない」

「評議会の弱点は何だ」
 トゥバンは2人の仲間に尋ねた。
「労働者の生活」グリフが答えた。「あんたがそう言ったんだ。そして、ケフェウスとの戦いがそれを苦しめてる」
「そういう世界観だったのか、お前達」ハリーは言った。「——まさか、とっておきのカードって」
「察しが良いな」トゥバンは微笑んだ。「宇宙社会は、我々が目指す自由主義の国を歓迎する」
「馬鹿な。評議会を倒せれば、何でも良いと言うのか」
「何も、ケフェウスの手先になろうって訳じゃないさ」グリフは言った。「一時的に、取り引きをするだけだよ」

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