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Power Titan X'es ~VII~

VII. Burn-Glacier

「ところで、カラミティが“呪いの機体”というのはどういうことなんだ」
 ダバランはピスケスに尋ねた。
「ワイルドやニーリンと違って、あれだけは神経直結で操縦する」ピスケスは答えた。
「帝政成立期の侵襲型BMIか。確かに、あれには軍による人体実験の側面もあったと聞く」
「それに、プラズマを出しながら体当たりする特攻技」ピスケスは続けた。「私達が喰らったのはフルパワーじゃなかったけど、帝政時代にはあの技で何人も死んだ。だから、兵士達は“呪いの機体”とか“歩く棺桶”って」
「そんな代物に、ハリーは進んで乗り込んだのか」ダバランは呻った。
「ガニメデに組み込んだのは多分、あの男の改造。でも、あの動きは侵襲型のままじゃないと無理だし、本人の言葉通りなら死ぬ積もりで乗ってる」
 その時、研究室のコンピュータが通知音を鳴らした。
「ニュース速報だ」ダバランはアプリケーションを開いた。「“地球会館前に未確認機”? 生配信されてるぞ」
《新しい情報が入りました。着陸した航空機は、ケフェウス連合大使専用機「カシオペア」だということです》

「何がどうなってる」
 地球にケフェウス機が上陸したというニュースは、前線基地キマイラにも衝撃を与えていた。
「此方のレーダーを掻い潜って、何処を通って来たというんだ」リカオン総司令は首を傾げた。
「そもそも、カシオペアは大気圏内専用らしいじゃないか」レオンも訝った。「ケフェウス大使なんて、とうの昔に地球から引き揚げただろう」
「クロノクォーツだ」ドラコは言った。「キングビーストの1体と交戦した時に感じた。時間と空間を司るパワージェム——ケフェウスの大使が、その力を使ったとすれば……」

「ピスケス、グラを借りるぞ」
 研究室に、アリエスとデメテルが入って来た。
「私も行くから。ツヴァイで出よう」ピスケスは立ち上がった。
「大丈夫なのか」
「うん」
「ピスケス……」
「心配しなくていいよ、デメテル」ピスケスは微笑んだ。「現れたのは、ケフェウスの使い。今度は平常心でいけるから」
「凍り付いてるのが普通になっちゃったの?」ピスケスの瞳を見つめて、デメテルは言った。
 ピスケスはデメテルに満面の笑みを見せ、研究室を出た。
「ま、引き籠って持ち直すもんでもないだろ」アリエスはデメテルに言った。「エグゼスにはならずに済む事を、祈っててくれ」

《ケフェウス大使は、帰れ》
 着陸したツヴァイから2人が降りると、既に群衆がカシオペアに抗議の声を上げていた。キングライダーがもたらした混乱はあれど、ケフェウス連合による干渉戦争こそが太陽系民を脅かしている元凶だという認識は根強かった。
「やっぱり、多くの人は敵を見失っちゃいないな」アリエスは安堵した。
「場合によっては、この人達を守らなきゃ」ピスケスは身構えた。
「動くな」
 4つの人影がアリエスとピスケスを取り囲み、銃を向けた。
「お前達、大使の護衛か」アリエスは問うた。
「エグゼスが内政の切り札だと聞いたのでね」桃色のスカーフがトレードマークの1人が答えた。
「流石、平和主義のケフェウス」ピスケスは皮肉った。「それで? 大使は、まだ機内だよね」
「教える訳にはいかないな」青いスカーフのガンマンが一蹴した。

《交渉は成立だ》
 大地を揺るがす足音と共に、カラミティが出現した。
《会館を明け渡せ。今なら、無血で幕を引ける》
「は? 誰と交渉してたってんだ」アリエスは声を荒げた。
「まさか、あんた達は囮」ピスケスは察した。
「御名答」黄色いスカーフのガンマンが微笑した。
「大使は、キングライダーと会談してたって訳」緑色のスカーフを靡かせたもう1人が、御丁寧に教示した。
《我々は、ケフェウス連合に巨額の戦争賠償を約束させた》ハリーは民衆に告げた。《それは、太陽系民が覇権主義の赤色権力を打倒し、新たな共和国を樹立した時点で履行される》

「“共和国”と呼ぶのも、憚られるがね」
 アジトに招かれた、赤いネクタイの大使は、トゥバンとグリフに言った。
「君達、一応は無政府主義者だろう」
「目下、重要なのは【神聖同盟】の締結だ」トゥバンは右手を差し伸べた。大使もこれに応じ、グリフは握手をする2人を写真に収めた。

「“赤色権力”って……」
「評議会の事でしょ」
 民衆はざわついた。
「そんな出鱈目な話があるか」会館の応接間で叫んだのは、書記官として待機していたプルートだ。「ケフェウスの交戦相手は、評議会なのに」
「これが、“宇宙の警察”と称されたケフェウスの本性か」ヴォルフガングは中継映像のカラミティを睨み付けた。
「“覇権主義”だと……それは、ケフェウス側の言った事か」評議会議長のトリトンは呟いた。「どの口が」

「帝国の威を借るアナーキスト、か」
 アリエスの瞳が赤く燃え上がった。
「古のキングライダーも泣いてる」ピスケスはハーフカリスを腕に装着した。
「其れだよ」腕輪を重ね合わせる2人をコクピットから見下ろして、ハリーは呟いた。「そうやって、君達はいつも」
「ピスケスが言った通りになってしまったな」ダバランは頭を抱えた。「“堕ちるところまで堕ちる”——私の、教え子が」
 聖杯(カップ)の中には、赤と紫の光が流れ込んだ。火と氷、相反する性質を持ったエネルギーが交差し、現れた巨人(エグゼス)は四肢と胸部に左右対称の——色を除いて——鎧を纏った。

「“言った通り”じゃない」
 デメテルは嘆いた。
「お願い、ピスケス。これ以上、傷付きに行かないで」
「決して無理はするな」ダバランは銅色のカップを通して、エグゼスに伝えた。「その姿は双極態だ。不均衡態よりは動き易いだろうが、長くは持たないと思われる」
——さっさと相手を倒せばいいってことだろ——紺色に輝くクロッシングコアを通じて、アリエスは反応した。
——もう、“先輩”じゃない——ピスケスはハリーに突き付けた。
《俺を倒すのは勝手だが、民衆はどっちの味方に付くかな》
——其れは其れ、此れは此れだ——赤い拳がカラミティの頭部を撲り付けた。
——血塗られた札束で買ったもの、“味方”とは言わない——続け様に、紫の足が回し蹴りを見舞う。
《君達が選んだのは、流血そのものだ》蹴り付けられた勢いを逆手に取って、カラミティは太い尾でエグゼスの首を打った。
「いやあ」デメテルは悲鳴を上げた。突き飛ばされたエグゼスは直ぐに立ち上がったが、クロッシングコアは点滅を始めていた。
——エクストリームエンド——アリエスとピスケスが同時に念じると、エグゼスは膝を曲げて高く跳躍し、空中で一回転した後、両足を突き出してそれぞれに火と氷のパワーを溜めた。極端な温度差を伴う衝撃がカラミティの機体を直撃し、外装からOSまであらゆる部分を損壊させた。

「脱出も通信も出来ない。此処が、俺の死に場所か」
 システムも照明も落ち、天井から火花の散るコクピットの中で、ハリーは観念した。
——ハリー、生きているか——トゥバンの声が、ハリーの意識の中に響いた。
「生きているというか、生き埋めというか」ハリーは落ち着いた声で答えた。
——先程の攻撃で、例のリミッターが外れた模様だ。機体はクォーツの力で回収する。その後、直ちに解析に当たってほしい——
「リミッターも何も全部、外れてるんだがね。こりゃ、骨が折れるぞ」死に損なった憂鬱の溜め息を吐いて、ハリーは言った。

——機体、片付けなきゃ——
 エグゼスはよろめきながら、カラミティの残骸に歩み寄った。
——気を確かに持て、ピスケス。そんな事、何時(いつ)もやってないだろ——
——でも、破片の処理は元々、ハリーが……——
 そうしている間に、残骸は妖しい光に包まれて消え去ってしまった。
《残った瓦礫の処理は、私とダバラン先生で指揮するから》スコルピオタンクで駆け付けたデメテルが、エグゼスに告げた。《だから、2人は早く——》
 デメテルが言い終わるのを待たずに、エグゼスは光の粒子となって霧散した。

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