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Power Titan X’es ~I~

Prologue

 環境は人間の生活を規定し、同時に人間も環境を変革してきた。人間が生産を繰り返す中で、環境はパワージェムとエレメンタルを生んだ。
 これは、革命の使者を送り出し、いよいよ変わりゆく地球の物語。エレメンタルは人間と同じ——環境より生まれ、環境を変革するもの。

I. King Riders

「あ、流れ星」
 空の蒼(あお)と海の碧(あお)が広がる浜辺。魚の尾を持つ長髪の少女が、波打ち際に佇んでいた。
「それも、よっぽど大きいのね。まだ空は明るいのに、あんなにはっきり見える」
 流星と見えた発光体は、間もなく水面(みなも)に消えた。
「地球ってのは海がだだっ広いな。お陰で、船体の冷却には困らないが」
 宇宙船の中で呟いたのは、牡羊の角を持つウェーブヘアの少年だ。
「知的生命の殆どは、陸に棲んでるんだったか。とりあえず、あの砂浜に行ってみよう」
 水瓶型の宇宙船は、ゆったりと海面を航行し始めた。

「何か、漂って来る」少女は宇宙船に気付いた。「もしかして、あれが流れ星?」
「あ、やべ」少年は船内のアラート表示に気付いた。「海水で機関部がやられてる」
「沖合で止まっちゃった。どうしたんだろう」少女は波打ち際から海に入り、漂流物の方へ泳いで行った。水瓶のような宇宙船の目前に辿り着くと、少女は船体を軽く叩いた。
「何だ。地球人か」少年はノックに気付き、船の窓を開けた。
「こんにちは」おっとりした少女の顔が窓を覗いた。
「——驚いたな。お前もエレメンタルか」少女の発するパワーを感じ取って、少年は言った。
「私はピスケス。この海に、昔から棲んでる」少女は言った。「あなた、何処から来たの?」
「アリエスだ。ポラリス系から、亡命して来た」
「そう。大変だったね」
「今も、ちょっとばかり困ってるけどな」
「だろうと思った。その船、壊れてる」
「解るのか。ガニメデの故障が」
「ガニメデっていうんだ。私のデルケトに似てる」
 ピスケスは徐ろに船内に入り、機関部の蓋を開けて分解し始めた。
「おいおい、何をやってる」
「応急処置なら出来る。大学まで飛んで、ちゃんと直してもらおう」
 一頻り機関部をいじり終わると、ピスケスは再び蓋を閉じた。
「デルケト、おいで」
ピスケスが呼びかけると、海底から魚を模したカプセルが急上昇して来た。
「ツインフォーメーション、スティングレイツヴァイ」
 デルケトはガニメデの横に浮かび上がり、ジョイントパーツを伸ばしてガニメデと連結した。
「嘘だろ……」見ず知らずの潜水艇が自分の宇宙船と合体して、アリエスは唖然とした。
「ガニメデの脆弱な部分を、デルケトで補う」ピスケスはデルケトに乗り込んだ。「アリエスも乗って。もう行くよ」

「参ったな。コントロールはデルケトに持って行かれてる」
 謂わばデルケトに手を引かれて飛んでいるガニメデの中で、アリエスは呟いた。
「ガニメデに切り替えることもできるよ」デルケトの通信機を通して、ピスケスは言った。「お腹、空いた。おやつ、買っていい?」
「送ってもらってる立場だ。文句は言わないよ」
 船を空き地に下ろすと、2人は市場へ歩いて行った。

「労働証明を拝見——よし。食糧ひと月分、いつも通りね」
 革命太陽暦12年。新たな社会を築きつつある太陽系は、まさに内憂外患というべき困難に立ち向かっていた。
「労働に応じて受け取る仕組みか」一帯に並ぶ屋台の様子を見て、アリエスは言った。
「今はね」菓子売り場を眺めながら、ピスケスは応じた。
「利潤を搾り取る連中は、もういないんだろう」
「そう、それはすごいこと。本当は、必要に応じて受け取れるようにしたいんだけど。おじさん、これ下さい」
「シーフードクラッカーが1袋ね。毎度あり」
「おい。これ、ポラリスの菓子じゃないか」アリエスは「くまのこマーチ」と書かれた箱を指して言った。
「そうなんだ。知らなかった」
「スペーシャリゼーションの結果だな」
「……買ってあげようか」
「え。悪いよ」アリエスはどきっとした。
「故郷(ふるさと)のお菓子なんでしょ」
「……借りは必ず返す」心を読まれたのかと思い、アリエスは困惑した——ポーカーフェイスには、自信があったのに。

 市場を後にし、2人は船を停めた空き地に戻った。ピスケスは船体に腰を下ろすと、先ほど買ったクラッカーを齧りながら、携帯端末を取り出して画面に目を落とした。
《【特集】太陽帝国の最期 腐朽と戦争、そして革命》
「そのニュースサイトは?」アリエスは尋ねた。
「『フロントスパーク』。前衛党(ヴァンガード)の」ピスケスは答えた。「もとはカストルが創刊した新聞で、その読者網が団結体(ソリッド)を生んだ」
「詳しいんだな」
「ずっと見てたもの。私は、この星が帝国に征服された頃に生まれた」
「何てこった。俺より相当、年上じゃないか……」
 その時、ピスケスの端末が着信音を鳴らした。
《緊急 会館に謎の襲撃者》
「謎の……?」アリエスは首を傾げた。
「そんな……どうして」ピスケスは何かを直感した。

 太陽系評議会は、各惑星に会館を設置している。地球の評議会館は、帝政下の自治会館をそのまま改名したものだ。
《人類解放? 笑わせるな》
 会館の前に立ちはだかっているのは、ライオンに似た4足歩行の巨大な機獣だった。
《帝国の代わりに、この評議会とやらが出て来たんじゃ意味が無い》
「あれって先週、遺跡から出土した機体じゃないか」
「それがどうして、此処を襲ってるんだ」
 会館の役員たちは混乱していた。
「小銃部隊じゃ歯が立たない。ストライクメーザーを使え」
「その時が来たか、ハリー。ライトニングブレット、装填」

 ピスケスはスティングレイツヴァイを全速力で飛ばしていた。
「おい。会館って、こっちなのか」アリエスは問い質した。
「身一つで現場に行っても、何も出来ない」ピスケスは応じた。「巨大化できるなら、まだしも」
 船が着陸したのは、広い敷地と複数の棟を持つ大きな施設の駐機場だった。
「スターフィールド大学。此処で支度をする」ピスケスはそう言って船を降りた。「もしもし、先輩……わかりました。兎に角、ダバラン先生に相談してみます」
「おお、ピスケス」白衣を着た研究者が、ピスケスに声を掛けた。
「先生。丁度良かった」ピスケスはダバランに駆け寄った。「ハリー先輩、メーザーじゃ小回りが利かないって」
「私も聞いたよ。ところで、隣の彼は」
「アリエス。さっき知り合った、ポラリスのエレメンタル」
「……信じがたい偶然だ」ダバランは手に持ったアタッシュケースを地面に置いて開けた。「これを現場に持って行け。君達なら、あの機獣を止められる」
「……ペンダント?」アリエスは2つのペンダントの内、ヘッドが金色に塗装されたものを手に取った。それぞれのペンダントヘッドは、聖杯(カップ)を縦に二分した片割れのような形をしていた。
「……2つで1つ」ピスケスは銀色のペンダントを首に掛けた。「行こう、アリエス」

「おい。使い方、聞かなくてよかったのか」
 ガニメデのコクピットから、アリエスは言った。
「2つのヘッドを合わせればいい」ピスケスは言った。「それにしても一体、誰が“キングビースト”を」
 雄叫びを上げる機獣を横目に、飛行船は評議会館の駐機場に降り立った。ピスケスはコクピットから飛び降りて駆け出し、アリエスも急いで後を追った。
「あれは、ピスケス」会館の窓越しに、ハリーと呼ばれた青年が2人の姿を認めた。「もう1人は見慣れない男だが……何をする気だ。危ないぞ」
 ピスケスは銀色のペンダントを首から外し、右腕にヘッドを合わせた。すると、ペンダントチェーンがリストバンドに変化し、ピスケスの腕に固定された。
「同じようにして」ピスケスに言われて、アリエスも金色のカップを左腕に装着した。
「名前を決めよう。“エグゼス”でいい?」ピスケスは言った。
「何でだ。てか、何の名前」
「ARI-ES (アリエス) とPISC-ES (ピスケス) のパワーが交差 (クロス) する——だから、X’ES (エグゼス)」
 ピスケスは、リストバンドを隣のアリエスの方へ少し張り出すようにして、右腕を前方に突き出した。
「今は、お前の不思議(ミラクル)を信じるしかないな」アリエスは腹を決めて、左腕のリストバンドをピスケスのそれに合わせた。
 2片の聖杯(カップ)が1つになった時、その中に2人のパワーが流れ込んだ。アリエスからは緑色の風の光が、ピスケスからは青い水の光が注がれていった。やがて光は2人の体を包み、機獣と会館の間に立ち上った。
「何だ、あの光は」機獣は、姿勢制御AI搭載の有人機だった。コクピットの中で、騎手(ライダー)は見知らぬ光に身構えた。

 光の中から現れたのは、頭部に羊の角と鮫の背鰭を持つ巨人——パワータイタンだった。
「ピスケスが……」2人のエレメンタルから生まれた巨人の後ろ姿に、ハリーの目は釘付けになった。
 巨人は胸部に金属様の装甲を纏い、その中央では菱形の発光体が青白く輝いていた。X字型の装甲に区切られて、右腕と左脚は緑色に、左腕と右脚は青色に彩られていた。

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