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SS【もしもの備え】


ぼくの働く工場では、ひと月の生産目標を達成すると現金が支給される。

少ない時で二千円から多い時で一万円が工場長から一人一人に手渡される。

生産目標はそれほど高くないので、大きなトラブルがなければ大抵は達成できる。


銀行振り込みの給料とは別にもらえるので、小遣い制の人にとってはありがたい。

奥さんの実家に住むぼくも小遣い制で、ほぼ毎月もらえる秘密の手当ては二十五年間貯め続けていた。

このタンス預金は奥さんより大切なものだ。

いつも非常持ち出し用の大きなバックパックの中にしまっている。

予期せぬ災害に備えて、水に食料、寝袋や救急箱などを入れてある大切なバックパックだ。



ある日、たまたま奥さんが過去に経験した災害の話になった。

当時はカードが使えなくなって現金も無くて本当に困ったと奥さんが言ったので、ぼくは「もしもに備えて現金の備えも必要かもね」と返した。

すると奥さんは、「そうね、秘密の手当てとかあったらね」と言って意味深な笑みを浮かべた。


まさに今、二十五年間守り続けた心の支えが、予期せぬ災害によって崩壊しようとしている。

ぼくはその日のうちにバックパックを背負って逃げるように奥さんの実家を出た。


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