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SS【流星群】

タケシはあと数分で工場の深夜勤務を終えようとしていた。

今回の夜勤は予期せぬ機械トラブルに振り回され忙しかった。夜勤最終日は開放感もひとしおだ。

帰る支度をして携帯でネットニュースを見ていると、一つの記事に惹きつけられた。

数十年ぶりに流星群が見れるらしい。しかもタケシの住む地域は特によく見えるようだ。まだ二週間も先なので正確な天気は分からない。

さっそく高三になる娘のマキに、記事のスクショとともに一番よく観測できる日にちと時間と方角をLINEで送った。

タケシもマキも星を見るのが好きだ。

マキが中学生の頃、冬の夜に二人で家を抜け出し、凍えるような寒さの中、海辺で一時間以上も空を眺めていたこともあった。



一緒に肩寄せ合って星を眺める仲良しの家族でも疎遠になってしまうことはある。

同じ屋根の下、同じ釜の飯を食べていたって、明日には心が離れてしまうかもしれない。

人間は弱くて不安定な生き物だ。

特に思春期の子供は難しい。

昨日まで友達のように喋っていたと思ったら、親が気にもしないくらいのちょっとしたことで、家出するんじゃないかと思うほど急によそよそしくなったりもする。


ただ今回は長かった。

今日で一週間。話しかけてもマキはまったく口を利かない。

明らかにタケシを避けていて、そのうちタケシの方からも声をかけなくなった。

マキは妹や母親、それに爺ちゃんたちとは普段通り会話している。

タケシだけ嫌われたようだった。


先日、マキが高校を休んだ。

休む時は親が学校の事務所に連絡を入れる決まりである。しかしマキは妹に母親を演じさせ、熱があって体調不良なので休ませますと連絡させた。

体調不良でも人間関係の問題でも、どうしても行きたくないならそれでもいい。しかし、行かないなら行かないでルールは守らないといけないとタケシは怒った。

おそらくそれがきっかけだろう。


二年生の三学期、人間関係がうまくいかず三年生からは通信制の高校へ転入学する予定だったマキ。

だが先生たちの熱い、いや、タケシから見るともはや熱苦しい説得にマキは心動かされた。特例でコースを変更してあげるとまで言われ、マキはギリギリの所で今の学校に踏みとどまった。

しかし、タケシの予想通りうまくいかなかったようだ。

タケシは転入学した方がいいと言い続けていたが、それでも最後は本人に決めさせようとしたことを少し後悔した。


そのうち元に戻るだろうと思っていた娘との関係は、隣の部屋に居るというのにまるで赤の他人のようで、修復しないのではと思えるほど冷めて見えた。



その日もいつかのように冷えこみの厳しい夜だった。

雪が降ってくるほどではない。ただ、薄着で出歩こうものなら間違いなく風邪をひく。そんな夜だ。

タケシはしっかりと着こんで、「よし、行くか」と部屋の中で小さくつぶやいたあと、雲一つ無い空の下、自宅から五十メートルほど離れた月七千円で借りている駐車場へ向かった。


今夜は数十年に一度の流星群が見れるチャンス。

タケシは背中でも押されているかのように歩いていく。

車に乗り込み、一瞬下を向いて「はあ〜」っとため息をついたあと、ドアをロックしエンジンをかけるため手を持ち上げると、「コンコン」と助手席をノックする音がした。

ドアのロックを解除すると、しっかりと着込んで手にホッカイロを握ったマキが素早く乗り込んできた。

「置いてくなよ!」

二週間は見ていなかったニヤッとイタズラっぽい表情を見せるマキの姿がそこにはあった。


タケシは「なんだ、来たんか」と言いながら、嬉しさを隠しきれないといった感じの笑顔をこぼした。

海辺まで車を走らせやってくると、凍てつくような寒さの中、ニュースや噂を聞きつけた多くの人たちが肩を寄せ合って空を眺めている。

マキがショルダーポーチの中からレジャーシートを出して広げた。

「用意いいでしょ」と言うマキに「ああ」とだけ返して空を眺めるタケシ。

突如、周囲から歓声が上がった。


真っ暗な夜空に一つの光が走ったのを合図に、一つ、また一つと次から次へと白やオレンジのまばゆい光を放ちながら星が流れ、何事もなかったかのように一瞬で闇へ消えていった。

親子で一時間ほど流星群を眺めていた。

帰りの車の中で「何か願いごとした?」と聞くマキに対し、タケシは「願いごとする前にかなったよ」と少し照れくさそうに答えた。















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