散文【沈黙の行列】906文字
「あの、すいません。これって何の行列ですか?」
街の中で長い行列を見つけたぼくは、そこに並んでいた年配の女性に声をかけた。
するとその人は、見たらいけないものを見てしまったかのようにサッと目をそらした。
行列の先が気になったぼくは、先頭へ向かって歩きだす。
しばらくしてまた、並んでいる人に声をかけた。
今度は男子学生で、学校帰りなのか制服を着て背中にバックパック、手にバッグを持っている。
男子学生は小さく首を左右に振ったあと、口の前に指でバッテンを作り困惑したような表情を見せた。
ぼくには何のことかサッパリ分からなかったが、学生さんを困らせても仕方ないと思い、「ごめん」と言うと先頭を目指して歩きだした。
いくら歩いても一向に先頭は見えてこず、行列は大空を舞う龍のごとくどこまでものびている。
それでも諦めずに歩いていると、ぼくは目の前の光景にハッとした。
最初に話しかけた年配の女性が並んでいる。
さらに歩くと指でバッテンを作った男子学生もいた。
ぼくはそこでやっと気づいた。
あっちへ曲がり、こっちへ曲がりしていたこの行列に先頭なんてない。
輪のように繋がっているだけなのだと。
この人たちは目的地があるわけではない。
ただ流されるように歩いている。
それが嫌なら列から離脱するしかない。
並んでいても何も得られない。
ただただ時間と体力を浪費してしまうだけだというのに、誰もこの行列はおかしいと声を上げない。
よく見ると列の中に、並んでいる人たちにしか分からないジェスチャーを使って指示を出しているサブリーダーたちがいた。
もっと輪を広げて輪の中心にいるリーダーにエネルギーを集めようと言っている。
ぼくは輪の中心にいるリーダーの男を見つけた。
男は神の代弁者と呼ばれていた。
並んでいる人たちは、どこにでもいそうな一般庶民。
心の隙間に入りこまれ洗脳されているなんて気づいていない。
輪の中の人間に救いを求めても搾取されるだけで救いなんてない。いくら歩いても負の連鎖は終わらない。
心の迷いも、苦しみも、他の誰でもない自分自身が向き合っていくしかないということから目を背けている。
ぼくはそんな「沈黙」の行列を見ると、他人ごとながら少しだけ悲しくなる。
終
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