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SS【淡い追憶と現実の狭間で】

蒸し暑い梅雨が明け、これから本格的な夏に移行しようかという頃、道夫(みちお)は市役所に行くため久しぶりに路面電車に乗ることにした。


停留所で路面電車を待っていると、ふと十年前の記憶が蘇ってきた。



じゃんけんぽん! グ、リ、コ!。

じゃんけんぽん! チ、ヨ、コ、レート。

じゃんけんぽん! パ、イ、ナ、ツ、プ、ル。


歩道橋で下校途中の小学生が三人遊んでいる。じゃんけんに勝つたびに階段を進める遊びだ。

グーで勝ったらグリコで三段という具合に、それぞれの文字数分進める。




道夫はほとんど男子としか遊ばなかったが、女子が苦手というわけでもない。なんとなく恥ずかしく感じていたので避けていた。


当時、クラスの中でちょっと可愛いと思っていた女子が二人いた。

そのうちの一人とは、道夫が四年生の時に転校するまでほとんど喋ることはなかった。

もう一人の方は少しだけ喋った記憶がある。しかし、転校する時にクラスのみんながくれた手紙の中で、彼女からの手紙だけ軽く道夫への悪口が書いてあった。

道夫は外で遊ぶことが多かったので、いつも日に焼けている。夏場はまるで焦げた食パンのように真っ黒になっていた。

そんなこともあったせいか、彼女は道夫のことを手紙の中で何度もクロンボと書いていた。
道夫にはそれが少しショックだった。




ほろ苦い思い出が蘇ってきたところで路面電車がガタンゴトンと音を立てて近づいてきた。

その時、停留所横の横断歩道から女の子の声が聞こえた。


「みちお!」


一目で転校前の同級生だと分かった。

彼女の名前は知子(ともこ)。

確か七人も兄弟姉妹がいる大家族で、優しく積極的で面倒見がいい。

道夫には知子が、当時からどこか少し大人びて見えていた。



ホームに電車が入ってきてドアが開くまではあっという間。

「久しぶり元気してた?」とか一言二言だけ喋ったあと、「ドア閉まるよ!」と知子に言われて急いで電車に乗り込んだけど、本当はゆっくり話したかった。



電車の中から知子に手を振りながら道夫は考えていた。


「そういえば知子はよく喋る子だったけど、誰かの悪口を言うのを聞いたことがない」


道夫はなんとなくクラスの中で可愛いなと思っていた例の二人と比べていた。


「あの二人だったら声をかけてくれただろうか? 気づきもしないか、気づいてもぜったい声なんてかけてきそうもないな」

そう思うとなぜか少し寂しくなってきて、同時に知子の魅力が身に染みてきた。

知子の家も連絡先も知らない。



停留所じゃない場所で再会していたら、もしかすると・・・・・・。

車窓から外を眺めると、そんな妄想の始まりを打ち消すかのように、終着駅が視界に入ってきた。



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