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SS【壁の中のレジスタンス】

世界中の人々を苦しめた疫病や不況。

減り続ける人口。

それらさえも、後に控える深い闇の序章にすぎなかった。



大恐慌により仕事を失った者の一部は、行き場のない感情と生活の困窮から犯罪に手を染め、治安は悪くなるばかり。


そんな中、政府は毎月高額な治安維持費を納めることを条件に住むことが許可される、安全で快適に暮らせる巨大都市を建設した。


二十歳以上は納付が義務付けられており、一ヶ月遅れれば警告。二ヶ月目は強制追放となる。


巨大都市と外の世界は巨大な壁で区切られ、都市に入場するには市民権を得るための入場料とマイナンバーの提示が求められた。



政府のやり方に疑問を抱いた多くの人々が、結束してレジスタンスを結成し、それが政府にも影響力を持ち始めているという噂もどこからか聞こえてきた。




巨大都市から数キロ離れた小高い丘の上に建つあばら家。その中から男たちの会話が聞こえてくる。


「聞いたか? 権力者たちは標的になりにくい京都に避難してたらしいぜ! 歴史的価値のある建物がたくさんあるからな。そんな場所を空爆したら後々問題になるらしい」


「だろうな、しかし近ごろ静かだな」

「どうやら戦争は終わったらしいぞ。で、戦争にならないって分かった途端に地方の権力者たちはゲートの中へお引越しだよ」

「ここ最近やたらと入場者が増えたのはそのせいか」


「おうよ! 安全で快適に暮らせるのは壁の中だけだからな」




今や壁の外には秩序も法律も存在しない。

野盗や戦争兵器として創られた合成獣が獲物を探してうろついているのだ。

壁の外を移動するには、通称ガードと呼ばれる腕利きの用心棒を雇うのが常識だった。


あばら家の小汚い部屋の片隅で、二人の会話を黙って聞いていた女が口を開いた。

「壁の中に置いてきた娘が先月二十歳になったの。壁の中も不景気で時給の安い仕事しかないし、娘が追い出されるのは時間の問題だわ! 娘を壁の外には出したくない・・・・・・」


男たちは顔を見合わせ、どうにもならないといった風な諦めの表情を見せたあと、それぞれ長めのため息をついた。



女と仲間の男たちは、おそらく今日にも壁の外に追放されるであろう娘を迎えに行った。

数年前、せめて娘だけはと断腸の思いで巨大都市に残してきた。

親子の再会は数年ぶりで、女は娘が追い出される悔しさの反面、再会できる嬉しさを噛みしめているようでもあった。




ゲートが開き、武装した数人の兵士とともに、見違えるように成長した娘の姿が見えた。

驚くことに、その後ろには大勢の人たちがついてきている。

娘のすぐそばには、ボディーガードらしい屈強そうな数人の男が、周囲を警戒しながら娘をかばうように立っている。



会えなかった数年の間、娘はただただ追放に怯え小さくなって暮らしてきたわけではなかった。

自分たちの信じる正義のために立ち上がったのだ。



女たちは立派に成長したレジスタンスのリーダーに導かれ、ゲートの中へ入っていった。


「大丈夫なの?」と問う母に対し、レジスタンスのリーダーとして成長した娘は「うん、一緒に生活できるよ!」とだけ言って、少し強がりな笑顔を母に見せた。




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