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ショートショート【悪魔の気まぐれ】

ある寂れた街に陰気で冴えない男が住んでいた。

男は十年もの間、一人の嫌味な上司に苦しめられてきた。

それでも男は仕事を辞めなかった。


男はある日、ネットオークションで大人のこぶしくらいの大きさの黒い石を二十万円で競り落とした。

悪魔の石という名が付けれたその石は、強い負の感情をともなう願いを叶えることがあるという。

知る人ぞ知る忌まわしい力を宿した石で、別名「悪魔の気まぐれ」とも呼ばれていた。


悪魔が願いを叶える時は、必ず代償を払うことになる。

代償は悪魔が決める。

願いを叶えるかどうかも、どんな代償を払うかも、決めるのは「悪魔の気まぐれ」なのだ。


男はある夜、剃刀の刃で手首を深く切った。

切った瞬間に血が飛び散り、その後も血は止めどなく流れ落ちた。

手首をつたって流れ落ちた血は、男が用意していた白い皿の中に、まるで血の池のように溜まっていった。

皿の真ん中には悪魔の石が置いてある。

男は朦朧(もうろう)としながらも、慣れた手つきで止血を始めた。

これが初めてではないようだ。


男は青ざめた顔で「血の池」に棲む、血まみれの悪魔に願いを込めた。


月を跨がぬうちに効果は現れた。

嫌味な上司は塩酸の入った容器を歩いて運んでいる時に、転倒して目に塩酸がかかり片目を失明した。

そのことで退職を余儀なくされる。

嫌味な上司は塩酸を洗い流そうと水道のある場所に走ったが、偶然なのか配管工事で断水していたため、わずかな残り水しかなかった。


嫌味な上司が退職してからしばらくして人事異動が伝えられた。

陰気で冴えない男が出世して嫌味な上司と同じ役職に就いたのだ。

陰気で冴えない男の下には、頭は良いけど心の狭い大勢の部下がついた。










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