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SS【バースデイ】
雫(しずく)ちゃんはママと二人で1Kのアパートに住んでいる。
お隣は耳の遠いお婆ちゃんが住んでいて、いつも薄い壁の向こう側から音量が最大になっているのではと思うくらいハッキリとテレビの音が聞こえてくる。
お隣から聞こえる早朝のニュース番組は、ママの目覚まし代わりだ。
雫ちゃんが起きるのはママよりずっと遅い。
いつも起きるとまず絵を描いた。
暇さえあれば絵を描いている。
似顔絵が上手で、そこら辺の大人よりよほど上手だ。
今日は六歳の誕生日。
雫ちゃんは、珍しくいつもの目覚ましが鳴り出す前に目覚めている。
夜中から熱が出て、ママが気づいた時にはすでに高熱になっていた。
赤ちゃんの頃から、熱を出してはひきつけを起こしてママを驚かしていたが、これといって大きな病気にもかからず元気にすごしてきた。
しかし息苦しそうな雫ちゃんの表情が、事態の深刻さを告げている。
病院へ着いてしばらくしてから意識を失った雫ちゃんが、次に目覚めた時、辺りの光景は一変していた。
雫ちゃんは電車に揺られている。
ガタン・・ゴトン・・ガタン・・ゴトン。
そのリズムは少しずづ速くなっていく。
窓際の席に座っていた雫ちゃんの目に飛び込んできたのは、車窓から見える赤や黄色に紅葉した美しい山々と、のどかな田舎の風景だった。
景色を眺めていると、通路の前の方からお姉さんが台車を押しながら近づいてくる。
車内販売の台車にはお弁当や飲み物が山のように積まれていた。
雫ちゃんは目を輝かせて言った。
「ママ、ジュース買って!」
しかし、横にママはいない。
代わりに知らないオジサンが座っていた。
オジサンは台車のお姉さんを呼び止め、「どのジュースが欲しいの?」と聞いてきた。
雫ちゃんは少し迷ってから「リンゴジュース」と答えた。
雫ちゃんが素直にそう答えたのは、喉から手が出るほどリンゴジュースが飲みたかったわけでもなく、知らない人に対して警戒心が無いわけでもなかった。
「ありがとう」と言う雫ちゃんに、オジサンはニコッとして「どういたしまして」と答えた。
隣に座る知らないオジサンは、それから雫ちゃんに何かを話しかけるでもなく、誰もいない反対側の窓から見える景色を眺めている。
雫ちゃんはオジサンの横顔を見ながら不思議そうな顔をしていた。
ふたたび車内販売のお姉さんが近づいてくると、オジサンは「はい、ゴミ貸して」と言って空になったジュースのパックをお姉さんに「お願いします」と言って手渡した。
それからどれくらい時間が経っただろうか、突然、車内放送が流れた。
「ご乗車ありがとうございます。間もなく、ヨミノモン、ヨミノモンです。電車をお降りのさいは、お忘れ物などなさいませんようご注意ください」
オジサンは「電車が止まったら降りようね」と言った。
電車が止まるとプシューッ! と音を立てて扉が開き、二人は手をつないで電車を降りた。
オジサンはホームにある階段を指さして、「あの階段を昇ればママの所へ帰れるよ」と言った。
そしてオジサンは今降りたばかりの電車に乗り込み、雫ちゃんに「またね!」と言うと扉は閉まった。
ふたたび動き出す電車の中からオジサンが笑顔で手を振っている。
雫ちゃんも笑顔で手を振り返し、少しずつ遠ざかっていく電車を見送った。
雫ちゃんはホームの階段を昇っているうちに意識が遠のき、気がつくと病院のベットの上で寝ていた。
起き上がり横を見ると、ママが椅子に腰かけ頭をカクンカクンさせながら眠っている。
雫ちゃんの起き上がる気配でママが目を覚ました。
ママがペットボトルのお茶を差し出すと、「さっきリンゴジュース飲んだからいらない」と言い、それより絵を描く紙が欲しいと言った。
ママが紙とペンを渡して「リンゴジュース飲んだ夢を見たの?」と聞くと、雫ちゃんは黙って似顔絵を描き始める。
できあがった絵は、電車の中で見ていたオジサンの横顔だった。
雫ちゃんが産まれてすぐにパパは病気で亡くなり、雫ちゃんにはまだパパの写真さえも見せれていない。
紙には、そのパパの横顔がハッキリと描かれていた。
「電車降りてバイバイする時にね、オジサンが、またね! って言ってた」
「そっか、雫の誕生日だし、雫が倒れるから心配して来たんだね!」
「ママどうしたの?」
雫ちゃんは座ったまま涙ぐむママをギュッと抱きしめた。
「ママ?」
「家に帰ったら全部話すね。雫が会ったオジサンの写真も見せるから」
終
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