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SS【優しさの連鎖】945字

ぼくの学生時代、ハリウッド俳優が映画の中で着たことがきっかけで人気の爆発した羽毛入りジャンパーがあった。

気まぐれで入った古着屋で、その懐かしいジャンパーと再会した。ぼくもそのハリウッド俳優のファンだった。欲しかったけど五桁の品物には手が出なかったことを思い出し「今なら買える!!」と、ぼくは試着もせずに衝動買いしてしまった。

天気予報も確認せず薄着で出掛けた買い物帰り、ぼくは今にも泣き出しそうな空の下で、露出した二の腕に冷たい風を受けて歩いていた。

自宅まではまだ距離がある。ぼくは鮮やかに紅葉した木々が立ち並ぶ公園に立ち寄った。古びた木のベンチに座り、買ったばかりのジャンパーを着た。

「しまった・・・」

入るには入るが肩周りが窮屈だ。いつものサイズとはいえ試着は必要だったようだ。失敗を嘆いてばかりいても明るい明日はやって来ない。なので「ま、いいか」と開き直り、立ち上がるぼく。

ふと、隣りのベンチに年老いた男性の姿が見えた。さらに一つ向こうのベンチには読書する女性の姿、首には暖かそうな真っ赤なマフラーを巻いている。それは公園の紅葉した木々よりも目立っていた。

年老いた男性は身なりや周りの荷物を見る限り、ここを寝ぐらにするホームレスのようだ。寒空の下、同じ薄着とはいえ、ぼくとはまるで事情が違う。男性は猫のように背中を丸めて寒さに耐えていた。

背丈はぼくと同じくらいで、ぼくより細身。善は急げという言葉もある。それならばと思い男性に声をかけた。

サイズを間違えて買ったことと、よかったら着てほしいことを伝えた。男性は驚いた様子で、顔のシワを上下させながら「ありがとう、あんちゃん!」と笑顔を見せた。


公園の出口で大きなクシャミをしたぼくに、もらったばかりの羽毛入りジャンパーを着た男性の声が響いた。


「風邪ひくなよ!!」


ぼくは笑顔を返して元気よく片手を上げた。そして心の中で「あなたの方こそ」と呟いた。

公園を出てすぐに、なんとなく気になり振り返った。ぼくは男性の横のベンチに座っていた女性を見て違和感を覚えた。何かが足りない。先ほど見た時とは何か違う気がした。

隣のベンチを見て、すぐに理由がわかった。

ホームレス男性の首には、公園の紅葉した木々よりも目立つ、暖かそうな真っ赤なマフラーが巻かれていた。


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