SS【眠たくなる部屋】
通勤に車で一時間もかけていた里美(さとみ)は、職場から自転車で五分くらいのアパートへ引っ越してきた。
近くには大きな公園があり、公園中には噴水やオシャレな喫茶店もある。
夜になるとそれらは綺麗にライトアップされ、涼しい時間のちょっとした散歩にはもってこいだ。
ただ里美は、この部屋に引っ越してから気になっていることがあった。
部屋にいると、とにかく眠くなるのである。
お昼ご飯を食べたあと、休憩時間に襲ってくる睡魔みたいなものだろうか。
引っ越してきたばかりの頃は、最近増えた慣れない事務作業で疲れているのか、あるいは環境の変化に身体が対応できていないせいかと思っていた。
しかし一ヶ月経った今も変わらず眠い。
引っ越してきてからは、仕事帰りに外で夕食を済ませてくることが多くなった。
帰宅しても食欲がわかない。
代わりに正体不明の眠気が襲ってくる。
ある日のお昼休み、職場の後輩にそのこと相談すると、後輩は「私も断食してる時はそうでしたよ」と答えた。
断食すると、身体がエネルギー消費を抑えようとして眠くなるらしい。
食べないことで血糖値が下がることも眠くなる原因の一つだと後輩は言った。
後輩はさらにつづけた。
「里美さん、いつまで断食続けるんですか? もう十日くらい食べているの見ていませんよ」
「え? え? どういうこと?」
里美は後輩の言っていることが理解できなかった。
確かに帰宅したあとは食べていない。
でも仕事帰りによく外食しているし、お昼は自分が作った弁当を食べている。
何より断食はしていないし、誰かに断食すると言った覚えも無いのだ。
里美は不思議に思った。
「てか、私、断食してないよ」
しかし里美は、机の上にある暗くなったパソコンモニターに映り込んだ自分の顔を見てハッとなった。
日に何度も見る自分の顔が、いつの間にかげっそりとやつれている。
ずっと食事をとっていない人の顔が、そこには映っていた。
里美は気づかなかった。
顔もそうだが身体中げっそりとやつれて、骨が浮き出ている。
ゾクゾクっと鳥肌の立つような恐怖さえ覚えた。
里美が何より怖いと思ったのは、冷静に考えると外食なんてしてないし、引っ越ししてからお昼の弁当も作ってないこと。
なのに食べているつもりでいたことだ。
里美はしばらくして、ふたたび引っ越しした。
それから里美が入った部屋のことを詳しく調べた。
すると、前の住人があの部屋で餓死していたことが分かった。
眠たくなる理由はなんとなく分かった。
少しずつ調子の戻ってきた里美。
引っ越し祝いとして、後輩が食べ放題スタイルのレストランでごちそうしてくれた。
里美はふと思った。
前の住人にどんな事情があったのかは知らない。
でも、私は食べる。
私は・・・・・・生きる!
終
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