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SS【違和感】
社会人になったばかりのぼくは、ある記録をつけ始めて一年になろうかとしている。
誰にも言えないスマホのメモ帳を使ったぼくだけの記録。
ぼくは誰よりも違和感に敏感で、それは女の勘にも少し似ている。
あれ? いつもと違うなとか、様子が変だなとか、そんな変化に敏感だ。
気持ち悪いと思われるかもしれないが、ぼくには気になったことを記録するクセがある。
違和感を謎のままにはしたくないのだ。
一年前の夏の日、いつも制限速度でしか走らない隣の家の車が、少し飛ばし気味で帰ってきた。隣のおじさんは車を家の横の車庫に入れると、辺りを気にしながら急いでシャッターを閉めた。
車庫の奥に家へと入る扉がある。
いつもは車庫からではなく玄関から入るのにその日は違った。
その日はいつも閉めない車庫のシャッターを、何か見られたら困るものでもあるかのようにサッと閉めた。
慌てたおじさんの様子を二階の窓から偶然見かけたぼくは違和感を覚えた。
網戸越しだったので、家族と一緒だったのかは分からなかった。
それに田舎なので、隣と行っても数十メートルは距離がある。
おじさんは高齢の母親と二人暮らし。母親は身体が弱く、最近は外で見かけることがほとんどなくなった。
去年挨拶した時は、ぼくのことも認識できているのか怪しい感じで、ちょっとボケてきてるなと思っていた。
いつまでたっても嫁ももらわず孫の顔も見せてくれないと、息子であるおじさんの愚痴をこぼしていたのを覚えている。昔はあるていど歳をとると、結婚して子供を作るのが当たり前みたいな変な価値観があったらしい。
慌てるおじさんを見てぼくは、何か隠している・・・・・・それもとても大きなことを。
僕はそう確信していた。だからぼくはその日から、おじさんを見かけると、いつ、どこで何をしていたかメモするようにした。
おじさんは必ず日曜日に車で出かける。
他の日にも出かけることはあるけど、日曜以外はすぐに帰ってくる。
通勤している気配は無く、在宅ワークか、あるいは生活保護で細々と暮らしているのかもしれない。
田舎だけあって家の敷地はそこそこ広い。
うっそうとした庭の奥には周囲からその姿をほとんど隠している離れが建っていた。離れの二階の部屋は誰も使っていないのか、強風が吹く時にしか使わないような窓用のシャッターが一年中閉まっている。
ぼくは二階の窓から、スーパーの袋を持って離れの方へ向かうおじさんを何度か見かけた。
ある日曜日。その日はぼくの住む町に大型の台風が近づき、朝から強風が吹き荒れていた。
夜になり、その日は引きこもってお酒を飲んでいたせいもあって早く床についた。騒がしい雨風の音も、酔いの回ったぼくにはさほど気にもならない。
しかし、眠りに落ちて三十分もしないうちに、風で飛ばされた何かが激しくぶつかった音が聞こえた。音は近い。
強風の中おそるおそる窓を開くと、途端に想像以上の雨が吹き込んできて慌てて窓を閉めようとした。その時、ぼくの目には予想外の光景が飛び込んできた。
おじさんの家の年中締め切っている離れの二階の窓に、強風で折れた大きな木の枝が刺さっている。
しかし、ぼくが本当に驚いたのはそこではなかった。
木が刺さり大きく割れた窓からは光が漏れていて、そこにはおじさんと小学生くらいの女の子の姿が見えたのだ。
僕の中で点と線がつながった。
まさかとは思っていたが・・・・・・。
ぼくは大急ぎで昔買った単眼鏡を引っ張り出し、雨が激しく吹き込む窓から女の子の顔を確認した。
僕の部屋は電気を消して真っ暗なので、向こうからは気づかれにくい。それでもなるべく目立たないようにギリギリまで窓を閉めてのぞいた。
ぼくはある事件の被害者家族がSNSで発信するアカウントをフォローしている。おそらく日本中の多くの人が知っている人だ。
一年くらい前、僕が住む隣の県にあるキャンプ場で、一人の小学生の女の子が失踪した。多くの人の捜索もむなしく今も見つかっていない。
ぼくがおじさんの記録をとり始めた日は、女の子が失踪した日でもあった。
女の子のお母さんは毎日のようにSNSで、娘の写真をアップして情報提供と娘へのメッセージを書いている。
ぼくは単眼鏡の先に居る女の子を見て確信した。
いつもあのお母さんがアップしている女の子だ!
それから事件解決までそう時間は掛からなかった。
女の子のお母さんが情報提供の連絡先として書いている警察と、お母さん自身にも連絡を入れた。
違和感にはいつだって理由がある。しかし事件が解決した今となっては犯行の理由をどうしても知りたいとは思わない。おじさんにとってはボケた母親を喜ばせる孫代わりだったのか、あるいは違う理由があったのか。今さら何を知っても女の子の失われた時間が戻るわけではないからだ。
辛い過去があっても、そのことでどれだけ生きづらくなったとしても、それを受け入れる器をつくって生きていくのが人間なんだ。
事件が解決してからしばらく経った仕事の帰り道。ふと立ち止まり、誰も居なくなった離れの二階を眺めながら強く思った。
生きろ!
終
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