ショートショート【苦難の矢】
美咲(みさき)は最近ネットで不思議なアイテムを購入した。
パッと見は方位磁針のようにも見えるが少し違う。
説明書によれば、矢の形をした針は一日一回午前零時に動き、ある方角を指す。そして翌日の午前零時まで同じ方角を指し続ける。
その方角に持ち主の苦難があるという。
アイテムは苦難の矢と名前がつけられていた。
説明書の最後にはこう書かれていた。
(あなたの感情が苦難の矢を動かしています。苦難と決めているのはあなた自身なのです)
五千円したこのアイテムの効果は約三年。
本当に苦難のある方角が分かるなら、それを回避するのに使えるかもしれない。
しかし他人に鼻で笑われそうな、にわかには信じられない力ではある。
美咲はそのアイテムの出品者の誠実な人柄を知っていたので買ってみることにしたのだ。
一見方位磁針に見える苦難の矢は夕方に届いた。
矢の形をした針はフラフラと動き、特にどの方角を指すわけでもない。
その針が午前零時を少し過ぎた頃、ゆっくりと数回クルクルっと回ったあと、ピタリとある方角を指し示した。
二日目、三日目と毎日それを繰り返したので、美咲は矢が指し示す方角を毎日記録することにした。
一ヶ月ほど記録を続けた結果、美咲にはこのアイテムの力が見えてきた。
月の三分のニは同じ方角を指している。
美咲の職場のある方向だ。
美咲は改めて今の仕事を苦難として捉えていることに気づかされた。
美咲は図書館や本屋が好きで週に二回は出かける。
美咲の好きな場所のある方角であり、矢は一度もそこを指すことはなかった。
最近一人で考えることが多くなった。
転職したとしたら、きっと苦難の矢は違う方角を指し示すだろう。
新しい職場を指し示すかもしれない。
あるいはそうじゃないのかもしれない。
美咲は思った。
いつだって矢の方角を決めているのは私自身なんだと。
何か吹っ切れたかのように眠りについた美咲。
明日は早朝からの仕事だ。
午前零時を過ぎた頃、苦難の矢の針がゆっくりとクルクル回り始め、針はそのまま止まることはなかった。
終
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