SS【愚者のナイフ】

まだあちらこちらに雪の残る冷えた大地に、気の早いふきのとうが顔を見せはじめる三月。


卒業式を終え教室に集まった生徒たちの中に愛美(まなみ)の姿もあった。


愛美の担任はクラスでいじめがあっても見て見ぬふりをしたり、成績の優れない生徒には見下した冷たい態度で接する。

そんな嫌な女とも今日でお別れだ。




愛美は背中をつつかれ、振り向かずに背中を後ろへ倒した。


後ろの席の舞(まい)が愛美の耳元でささやく。


「白藤(しらふじ)のほう見て」


「え?」


愛美が右斜め前の席に座る白藤に目をやると、机の下で刃渡り二十センチはあろうかという鋭利なナイフを握っている。


白藤は二人の視線に気づいたのか、左腕でナイフを隠した。



愛美が言葉を失っている。

担任はみんなに、有終の美を飾ってくれて嬉しいみたいなことを喋っていたが、愛美にはほとんど入ってこない様子だった。


そろそろ話も終わりそうな気配を見せ始めた時、舞からメモを手渡された。


紙は何回も折られ小さなかたまりになっている。


「白藤に渡して」


「え? やだやだ」


「愛美の場所からなら渡せるでしょ」


舞の真剣な表情と、明らかに何か手を打たないと大変なことになるのは愛美にも分かったので、愛美は舞を信じて中学生活最後の勇気をふり絞った。


「白藤くん」


小声でささやく愛美の声に気づいた白藤がナイフを机の中に隠して後ろを振り向く。


愛美は手を伸ばして舞からのメモ書きを「舞から」と言って白藤に渡した。


その様子を担任に見られてしまった。


普段の授業中なら注意されるが、もう最後だからか担任は何も言わず話を続けた。


愛美が不安そうに白藤の方を見ていると、なんと白藤は舞の書いたメモを読んで涙を流している。


卒業式の涙ではない。ただ、それに匹敵するか、それ以上の何かが舞のメモに書いてあったのかもしれない。


白藤はナイフを制服の中に隠し、無言で静かに教室を出て行った。


担任が呼び止めても無視して、追いかけてきた担任に腕をつかまれると「離せ!」と本気で怒って担任の手を振り払い帰っていった。


白藤の前の席に座っていた高木が廊下の方に向かって「いかれてる」と白藤に聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。

次の瞬間、ものすごい勢いで走って戻ってきた白藤が高木の腹部にナイフを突き立てた。


高木は自分の身体に深く刺さったナイフを見て青ざめながら、身体を丸めるように倒れ込んだ。


教室と廊下に生徒たちの悲鳴が響き渡る。


隣のクラスの生徒も騒ぎを聞きつけ廊下に集まってきた。


白藤は倒れた高木に馬乗りになり、突き立てたナイフを抜き取ると、さらに何度も何度も突き立てた。


そしてこう言った。


「馬鹿だな・・・・・・。一度は救われた命なのに。お前も俺もけっきょく変われなかった」


それが白藤の中学校での最後の言葉になった。



白藤は高木を中心とするグループにいじめられていた。


卒業式に自分を苦しめたいじめグループのリーダーである高木を殺そうとした白藤。舞のメモで一度は思いとどまったのに、高木のよけいな一言でふたたび白藤は憎悪に囚われてしまった。



愛美は騒ぎの中、白藤の机の上にあったメモを手にして学校をあとにした。


帰り道。友達と分かれて一人になってから、そっとメモを開いてみた。





白藤へ


そのナイフを使えば高木たちと変わらないよ。


でもね、私は白藤が強いのは知ってる。

だって他の男たちは白藤がいじめられてても見てるだけ。

自分に被害が向きそうになると他人を犠牲にしてでも助かろうとする。

白藤は私をかばってくれたこともあったよね。

ありがとう♪

もっともっといい男になってね。

それと、ちょこちょこ私の嫌いな給食のおかず食べてくれてありがとう♪

まけんなよ。



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