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SS【聞かずの塔と雲の巨人】


霊界にはこの世にも似た広大な世界が無数に存在するらしい。

それらが層を成し霊界を形成している。


人間はもちろん、この世で見られる動物や虫たち、神話に登場する生き物も住むという。

下層へいくほど人間の心はすさんでいて、最下層ともなると、人間を苦しめる得体のしれない怪物たちまでもがうようよといる。



最下層の中心には、途方もない高さの古びた塔が建っている。

内部は上に続く螺旋階段があるだけ。

頂きは雲に隠れて拝むことはできない。


いつもその塔に背中をもたれてお昼寝しているのは、霊界一背の高い巨人だ。


巨人が歩けば地響きとともに大地が揺れる。

巨人の息によって空に浮かぶ雲が引き寄せられたり離れたりすることから、人々の間では雲の巨人と呼ばれていた。


巨人は日に一度だけ、川の水をひしゃくにくんできて塔の頂上から注ぐ。

ひしゃくと言っても、そこに入る水の量ときたら、世界一の貯水量をほこるダムとそう変わらない。


注がれた水は螺旋階段を流れ落ちて入り口から吐き出される。

水は大地を流れ川へと還る。


それを見た人間たちは、巨人が水を注いでいるのは塔に侵入した人間たちを一掃するためで、塔の頂上には、ここより生きやすい世界へ繋がる道があるのではと勘違いした。


そのため最下層に強い不満を持つ多くの命知らずが塔の頂きを目指した。

巨人は水を注ぐ時以外は、入り口を巨大な岩で塞いでしまうことも人々の勘違いに拍車をかけた。



人間たちは巨人が塔にもたれかかり眠りについたのを確認すると、入り口を塞ぐのに使っている岩に巨人が気づかないくらいの小さな穴を開けた。

何ヶ月もかけて貫通させ、そこから侵入した。


塔に侵入した者は皆、水に流され塔から吐き出されていたが、ある日ついに一部の人間たちが塔の頂上へ辿り着いた。

頂上へ出ると雲は遥か下に見え、地上とは比べ物にならないくらい空気が冷えている。


頂上に何もないことを知った人間たちは巨人に不満をぶつけた。

そしてなぜ今まで水を注ぎ続けたのかと大声で怒鳴った。


すると巨人はこう答えた。


「私が君たちと話すには、私が地面すれすれまで耳を近づけるか、君たちがこの塔の頂上まで登ってくるしかない。そうしないと君たちの声は聞こえないからね。しかし耳を近づければ君たちは私に弓を引こうとする。それでいてたまに頂上まで登ってきたかと思えばこの言われようだ。だから水を注ぐのさ。人間が登ってきて私が傷つかないためにね」


巨人はそう言うと頂上にいた人間たちをそっと人差し指の上に乗せ、地上まで降ろしてやった。



それから数年が経ち、塔は霊界の観光名所となった。

塔に付けられた名は「聞かずの塔」。


いつしか塔の入り口には石碑が建ち、そこにはこう彫られていた。


「お互いが相手を信用せず、主張するのはたやすいだろう。しかしそこから生まれるのは無駄な労力と無益な争いなり。道を切り開きたければ他者の声に耳を傾けよ」



最下層の人間たちと雲の巨人が、その後どう過ごしたのは分からない。


ただ一つだけ分かっているのは、巨人が亡くなったあと、その身体と塔の頂上は、人間たちが運んできた数え切れないほどの美しい花で埋め尽くされていたようだ。








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