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SS【彼女とぼくの間にある壁】1169文字


よく散歩しにいく海岸でゴミ拾いを始めたぼく。

近所にゴミ拾いをして歩くオジサンがいるので、その影響を受けたのかもしれない。

毎日見る海岸だから綺麗な方がいい。



ある日ぼくは、海岸で知り合った女性に一目惚れした。

心が洗われるような透き通る雰囲気。

今までそんな女性に出会ったことがなかった。


ぼくがここ数ヶ月、毎日続けていたゴミ拾いのことを彼女は知っていた。

それでぼくに興味を持ち話しかけてきたようだ。

でもぼくがゴミ拾いをしているのは人のほとんどいない早朝が多い。

ぼくは彼女が話かけてくるまで彼女の存在に気づかなかった。

早朝の人のいない海岸。誰かいたら気づきそうなものだが・・・・・・。



仲良くなってから気づいたけど彼女はちょっと変わっている。

待ち合わせ場所はいつも海岸で、海岸を散歩しながらたわいもない話をした。

散歩を終えると「じゃあね」と言って早足で海岸沿いの松林に姿を消す彼女。松林の中は薄暗くてよく見えない。


関係性がよく分からないまま一カ月が過ぎたある日、ぼくはようやく彼女と連絡先の交換を試みた。

それまでしなかったのは、そうすることで彼女が消えてしまいそうな気がしたからだ。

彼女はぼくにとってそんな繊細ではかない存在に感じられたのだ。


ぼくが携帯を取り出すと、彼女からは予想もしていなかった答えが返ってきた。


「私はそういうの持ってないの」


そんな誰も信じないような嘘が彼女の口から飛び出すとは思ってもみなかった。

冗談を言っているような表情でもない。


彼女は話を続けた。


「あなたのことは好きよ。でもね、あなたと私の間にはどうしても越えられない壁があるの。だから会うのは今日で最後にしましょ。あなたとたくさん話せて楽しかった。ありがとう」


彼女はそう言うと「待って!!」というぼくの言葉を振り払うように松林の方へ歩いて行った。

松林の先には駐車場がある。

このままでは彼女が車に乗って行ってしまい、二度と会えないかもしれない。

彼女との間にどんな壁があるのかぼくには分からない。

それでもここで彼女を行かせたらずっと後悔する気がした。


ぼくは彼女のあとを追った。


松林に入ると、三十メートルほど先のベンチに座る彼女の姿が見えた。

ぼくが近づこうととすると彼女は駐車場ではなく、海の方へ歩きだした。

ぼくはその様子を木の陰に隠れて見守った。

もしかして気が変わりぼくを探しているのだろうか? 


彼女は砂浜で周囲を何度も見渡したあと、流れるような動きで海の中に姿を消した。

数秒後、ぼくの目に映ったのは、下半身が魚のような美しい人魚の泳ぐ姿だった。



ぼくは彼女が短い時間だけ人間の姿に化けれることを知った。


「そうか、これが彼女とぼくの間にある壁か」


ぼくは翌日からも海岸のゴミ拾いを続けた。

そして作業を終えると沖に向かって彼女の名前を叫んだ。

しかし海から返事が返ってくることはなかった。


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