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ショートショート【断罪者の迷宮】

小学四年生の夏休みに突入した勝(まさる)の部屋には小さな居候が居る。

勝は気づいていなかったが三日前から居たらしい。


小さなオジサン。勝はそう呼んでいた。


勝が変わった虫だと思って虫メガネで見なければ、今ごろティッシュで潰して殺していたかもしれない。

虫メガネで覗くとアリくらいの小さな小さなおじさんが居た。

ちゃんと服を着て靴も履いている。

勝には見えないけどオジサンが言うには、左腕に世界に百個しかない高級な腕時計をつけているらしい。

オジサンは大声で一生懸命に喋るので、勝は耳をオジサンにぶつかりそうになるほど近づけて真剣に話を聞いた。



未来の世界からやってきたオジサンは、現在で言う警察みたいな仕事をしている。

オジサンは一人の犯罪者を追って過去の世界へやってきた。犯罪者はこの家に逃げ込んだあと、ミニマムという飲み薬を飲んで小さくなったらしく、おそらくまだ近くに潜んでいるようだ。

ミニマムは小さくなる飲み薬で、効果は一ヶ月。

凶悪な犯罪者と聞いてもアリくらい小さいのだから怖くはない。

勝は犯罪者が元の大きさに戻る前に捕まえたいと言うオジサンに協力することにした。

もちろん家族にこのことは内緒だ。

喋ればオジサンはお母さんに殺されるかもしれない。

もし家の中や近所で犯罪者を見つけたら、すぐにオジサンに言うと約束した。


勝はその日から、道に落ちている小石や小さな虫を見るたびに、近づいて確認するようになり、同時に家の中ではオジサンを踏まないように注意した。


ある日、勝はオジサンに夏休みの自由研究が完成したと嬉しそうに報告した。

コルクボードに木材を木工ボンドで貼り付けて作った迷路だ。ビー玉をSと書かれたスタート地点に置いて、コルクボードを色々な方向へ傾けてGと書かれたゴールまで移動させて遊ぶ。途中にトンネルや坂道、ビー玉が通ると回転する風車も作った勝の最高傑作だ。

オジサンは手をたたいて「凄い! 天才だ!」と賞賛してくれて、勝は満足気な表情を見せた。お母さんでもそこまでほめてくれない。

勝はオジサンにオヤツを分けてあげたり、机の下にティッシュで寝床を作ってあげたりした。


オジサンが未来の世界からやってきて一週間が過ぎたある日の朝、朝食を食べ終わった勝がスプーンにパンを一切れ乗せて運んできた。

消しゴムのカスくらい小さな大きさだけど、オジサンにとっては大きすぎるくらいだ。

しかし勝が机の下を覗くと、オジサンは寝床とは違う所で寝ている。

「オジサン! なんでそんな所で寝てるの?」

オジサンは勝の問いかけに返事しない。

勝は引き出しから虫メガネを取ってオジサンを観察した。

勝の顔は一気に青ざめ「ああーー!」と声を上げた。


よく見ると仰向けで倒れるオジサンの上に何者かが馬乗りになって刃物のようなものを突き立てている。

オジサンはグッタリとした様子で、白いシャツが真っ赤に染まっている。


「オジサン!!」


勝は叫んだあと、部屋の中を困った様子でウロウロしていたが、そのうち涙が止まらなくなっていた。

救急車を呼ぼうと携帯を手に取ったが、発信するギリギリの所で助けるのは無理があることに気づいた。

「オジサン・・・・・・小さいままだと助けられないよ!」


オジサンはその後も起き上がることはなかった。



勝は辺りを見渡し、部屋の中を移動している犯罪者を見つけた。

下がカーペットのせいか、あまり速くは移動できないらしい。

引き出しからガムテープを取り出してカーペットの上に置いた。

ガムテープの真ん中には犯罪者が居る。

勝にとってはただの工作などに使うガムテープだが、小さな犯罪者にとっては周囲を数十メートルの壁に囲まれたのと同じだ。逃げ場は無い。

勝はその晩、オジサンと過ごした数日間の出来事を何度も思い出していた。


翌朝、勝はオジサンをティッシュで包み、近所の公園に埋葬した。

それからアリをたくさん捕まえてプラスチックの容器に入れた。


部屋に戻ってくると、勝はガムテープの中に居る犯罪者を指でつまみ、自由研究で作った迷路の中に入れた。迷路は高い外壁に囲まれていて犯罪者は決して自分の力で脱出することはできない。

勝には自由研究の作品に過ぎないが、犯罪者にとっては脱出不可能な迷宮である。

勝は公園で捕まえてきた沢山のアリを迷宮の中に投入し、上からアルミホイルをかぶせてツマヨウジでたくさんの穴を開けた。



迷宮の中は薄暗く、夜は漆黒の闇におおわれる。

大きなアゴと驚異の怪力を持つモンスターが徘徊するその場所は、勝という断罪者が創り出した死を呼ぶ恐怖の迷宮となった。


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