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SS【ついカッとなって】
伊藤家では日曜の朝から家族会議が開かれていた。リビングのテレビには今日もネガティブなニュースが流れている。
浮気した旦那に、ついカッとなって鈍器で殴り殺したというニュースだ。
伊藤家には縁のない話である。
丈夫だけが取り柄で、いろんな意味で役立たず。しかも口べたでメタボ。おまけにお金の無いお父さんに寄ってくる女はいないだろう。
伊藤家の家族構成は、お父さんにお母さん、大学生と高校生の娘がいる。
お父さんはお酒が大好き。
部屋にはいつもお酒の瓶が置いてある。
自他ともに認めるアル中で、小遣いのほとんどはお酒とおつまみに消えてしまう。
お母さんは温厚で大人しく、誰もお母さんの怒っている所を見たことがないほどだ。
お父さんの頼りない稼ぎに不満を漏らすこともなく、浪費を避け、切り詰めて上手にやりくりしている。
娘たちは学びながらバイトもこなす。お姉ちゃんが最近車の免許を取ったことで、お母さんの心配の種が増えた。
車は保険に車検に税金、それに今高騰しているガソリンと金食い虫だからだ。
家族会議の内容は、どこかの狂った独裁者が仕掛けた戦争の影響で、油や食料品を含む様々な物の輸入が止まったり、入ってきても高騰していることだ。それに何かが不足すれば、その代替品の需要が高まり品薄になる。どうもこの負の連鎖はこれからが本番という見方もある。
大きな自然災害を危惧する情報も増えてきている。
そんな状況の中、お母さんは悩んだ末に、万が一ライフラインが止まったり、食料品が手に入らなくなった時のために、水や長期保存のきく食料品の備蓄を始めようと考えたのだ。
伊藤家にはあまり余裕がないので、その分をどこかで切り詰める必要がある。
そこで何を削れるか話し合っていた。
すると突然、普段はあまり役に立たないアル中のお父さんが、「備蓄は俺がする!!」と言い出した。
でも小遣いだけでは足りないので、少し多めに欲しいとも言った。
お父さんの部屋の押し入れはカラッポらしく、備蓄品を貯蔵するには丁度いいと言う。お父さんは不景気が加速して治安が悪化すれば、略奪や泥棒の心配もあるとして押し入れにカギを付けた。
- それから一年後 -
近くの島国が狂った大国に攻め込まれ戦争が始まった。
その影響で輸入は完全に止まり、食料危機が訪れた。
かなり長引きそうだ。
ついに伊藤家では備蓄してきた食料の出番がやってきた。
家族が見守る中、お父さんが震えた手で押し入れの鍵を開けると、中に食料は一つも無く、瓶に入った数えきれないほどのお酒が所狭しと置いてあった。
お母さんは激高する娘たちを制止すると、お父さんの頭をお酒の入った瓶で殴りつけた。
お父さんは倒れてそのまま動かなくなった。
「お母さん、なんてことを・・・・・・」
固まる娘たちに対してお母さんは言った。
「ついカッとなって」
しばらくして何事もなかったかのように起き上がったお父さん。
頭にできた大きなタンコブを保冷剤で冷しながら、同じアル中仲間たちにお酒と食料を交換してもらって事なきをえた。
翌月からお父さんのお小遣いが減ったのは言うまでもない。
終
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