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SS【メドゥーサ】


幼い頃からの仲良しの四人組。

男二人、女二人で、高校からは学校もバラバラ、大人になってからは住む場所も遠く離ればなれになった。

それでも年に一度は、まるで法律で決められているかのように四人で集まって酒を飲んだ。


ある日、衝撃のニュースが走った。

四人の内の一人、石野陽子が人を殺して刑務所に入ったのだ。

面会に行っても彼女の口から詳しい理由が語られることはなかった。

ただ、大切な何かを失って頭に血がのぼってしまったとだけ語った。


時は流れ、石野が出所した。

石野が事件を起こしてからは初めて四人で集まる。

彼らにとっては何があっても石野は大切な仲間なのだ。


その日、石野から約束の時間に少し遅れそうだと連絡が入る。

三人はすでに予約していた店に着いてテーブルを囲んでいた。

閉店まで残り一時間ほどしかないが、まずは腹ごしらえだ。

週末ということもあって店内は混み合っている。

テーブルに届いたモツ鍋はニラが山のように積まれ中身は見えない。

モツ鍋は石野の大好物でもあった。

石野が来たらまた頼めばいいと、三人は先に鍋をつつき始める。

具はほとんど姿を消して、いつもならここでシメのうどんを投入するところだ。

その時、石野からあと数分で着くと連絡が入った。

三人はモツ鍋をもう一つ注文して石野を待った。


石野はテーブルに着くと、まず「心配かけてごめん」と謝った。

三人は石野と軽くハグして、いつもと変わらず彼女と接した。

気持ちよくお酒も進み、一人がふと、石野がなぜ人を殺してしまったのかと聞いた。

その時、店員が小走りにやってきて、申し訳なさそうに小声で「すいません・・・モツが切れてしまってモツ鍋はご用意できなくなってしまいました」と伝えた。

その声は三人には聞こえていたが店員から一番遠い席にいた石野には届いていなかった。


そして石野は語り出した。

「あのね、馬鹿みたいと思うかもしれないけど、職場の飲み会でモツ鍋を頼んだんだけど、私だけ急用で少し遅れたのね。それで私が着いた時にはモツ鍋はスープだけになっていて、みんながシメは何にしようかって話をしてたの。私はモツ鍋命だからもう一つ頼んだんだけど、信じられないことに店員が、すいません、モツが切れてしまってモツ鍋はご用意できなくなってしまいました。って言うのよ!! 信じられる? 私は頭に血がのぼってさ。気がつくとなんでストックしとかないのよ!! って怒鳴って鍋を店員の頭に投げつけたわ。それの当たりどころが悪かったみたい」

まるでメドゥーサに呪いをかけられたかのごとく、石のように固まる三人を不思議そうに見つめながら、石野は店員の呼び出しベルを押した。



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