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SS【不幸の蜜屋】695文字


古い木造の小さな店の前に、不幸の蜜屋という看板が掲げられている。

店内の壁には、作り話は買い取りません、ご遠慮下さい。という張り紙。


黒豆を立てたような目の看板娘が口をモゴモゴさせながら店番をしている。



「こんにちは」


「いらっしゃいませ」


「不幸話を売りにきました」


「どうぞこちらへお掛けください」


「じつはですね」


「はい」


「最近妻と別れたのですが、ずっと妻には内緒で交際していた女性がおりまして、結婚する約束もしていました」


「はいはい」


「でもその女性と一緒になるために妻と別れたとたん、女性と連絡がつかなくなってしまったのです。今までどれだけ貢いだことか。退職金までつぎこんだのですよ」


「以上ですか?」


「ええ」


「はい、三百円です」


「え? そんなに安いんですか?」


「まずあなたが奥さんを裏切っている時点で、どうしても高評価には繋がりにくいです。買い手によってはタダでも引き取らない話ですよ」


「はあ・・・・・・そうですか。ぼくにとっては人生を揺るがす大事件だったのに」




「いらっしゃいませ」


「ねえ、聞いて」


「はい」


「私ね、もうすぐ定年を迎える旦那から急に別れを告げられて、アホな旦那は若い女に騙され退職金まで騙しとられて財産のほとんどを失ってしまったの。あの人は自業自得だけど、私はこれからどうしていいか・・・・・・」


「以上ですか?」


「ええ」


「はい、三万円です」


「わっ、良かった。生活の足しになるわ」


「ありがとうございました」



不幸の蜜屋では、今日も看板娘が他人の不幸話を買い取り、それを体内に取り入れ、甘くておいしい不幸の蜜に変化させて売っている。

ちなみに作り話を売ろうとする客は刺されてしまうらしい。


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