花びらのように散りゆく中で
この歌を聴くと鮮明に思い出す情景がある。
ORANGE RANGEの「花」がここまで特別な曲になったのは、大学の入学前オリエンテーションの日だった。
4月初旬の千葉は暖かく、薄手のジャケットとストールがちょうどいい気候だった。引越しの荷物がまだ片付けきっていないくらいの頃。
とりあえずベッドと、テーブルと、トイレットペーパーは設置した。洗面台用のタオルと化粧水も、ダンボールから探し出した。
初めての一人暮らしにソワソワ、ドキドキしながら、まだこれが自分の生活という感じがしなくて、映画の台本を演じるように、どこかぎこちなく過ごしていた。
〜入学式の前に同じ学科の友達をつくろう!〜
大学合格の書類と一緒に入っていたチラシに書かれていた言葉を見て、オリエンテーションに行ってみることにしたのだ。一緒に群馬から出てきた友人はいたが、同じ学科ではなかった。人見知りの私だけど、そうも言っていられない。
緊張しすぎて、30分も早く来てしまった。
大学の体育館は高校の時とは比べ物にならないくらい広い。
「キャンパス」と呼ばれる敷地も、自転車で移動するほど大きかった。
ここで、新生活が始まる。慣れた様子で通り過ぎる先輩たちのように、私もここに馴染む日が来るのだろうか。
会場の体育館に勇気を出して入ってみる。
外が快晴で明るいせいか、中は薄暗く感じる。
広い館内にずらっと整列されたパイプ椅子。各学科ごとに5列ずつ並べられているようだ。
工学部全体では1学年800人ほどと聞いた。そのうち、私が入る情報学科は150人いる。
しかし、さすがに30分も前では人はほとんど来ていない。
「情報学科の子はこっちの列に、前から詰めて座ってね」
赤いスタッフジャンパーを着た先輩が案内してくれた。
あ、もう来てる人がいる。
案内された列の一番前の左端に、男の子が1人座っていた。
しかし、これは余計にやりづらい。
高校が女子校だったのもあり、私は男子が苦手だ。
記憶の最後にある中学時代の男子といったら、教室の後ろですぐケンカを始めたり、給食の牛乳を取り合ったりして、理解不能な行動がちょっと怖かった。
だから、つい、一席空けて座ってしまった。
30分も二人きりで、隣に座って無言でいるなんて、絶対耐えられないと思った。けれど、空けてしまった気まずさもある。その距離によって、相手もより話しかけにくくなってしまっただろう。だからといって、今さら椅子を詰めるのも変だと思われそうで・・・
ー花びらのように散りゆく中でー
私の頭の中で堂々巡りしていた時、「花」が流れ始めた。
ー夢みたいに君に出会えた奇跡ー
当時、ドラマや映画で流行っていて、テレビ関連に相当疎い私でも、よく知っている曲だった。
メロディーに聴き入りながら、私は一瞬で将来に思いを巡らせていた。
つい数日前に上京して来た私。これからこの大学で過ごし、出会いがあって、就職して、結婚して子供ができたりするんだろうか。
もしかしたら、その相手が、今一つ席を空けたとなりにいる、この男の子だったりする、なんてこともあるんだろうか。
いや、さすがにそれは妄想しすぎかな・・・苦笑
しかし、この出会いから10日後の4月15日、私たちは付き合うことになる。
そしてさらに7年後の4月15日に入籍する。
オリエンテーション開始10分前くらいから、他の人も続々と入って来た。
謎に空いた一席にわざわざ座る人はなく、最後にスタッフの先輩が人数調整しながら、空席を埋めてくれた。
オリエンテーションの内容は、大学の歴史にちなんだ○×クイズで、横に座った5人のチームで行うものだった。
この時の自己紹介でやっと、私は例の男の子の顔を見て、初めて言葉を交わした。
今、私は32歳。18歳の頃からみると、もう少しでダブルスコアになってしまう。
紆余曲折を経て、彼とは別の道に進むことになったけど、あの時のことは今でも鮮明に憶えている。
新生活に張り切っていたこと、
初めての彼氏にどうしていいのかわからなくなったこと、
彼女って何をすればいいのと不安になって聞いてしまったこと、
大学の講義にバイトにサークルに、全部一生懸命だったこと、
彼や周りの友達といっしょに大学院まで進み、
そして、修士課程を修了する頃には、最初に見た先輩たちのように、
慣れた様子でキャンパスを歩いていたこと。
社会人に慣れて、ぼんやりと、がんばる理由がわからなくなる時に、あの頃のことを思い出す。
今の私を見たら、あの頃の私はびっくりするよね。
彼と別れて、別の人と結婚しているなんて、信じられないっていう顔をするかもしれないね。
でも、全部の経緯がわかった時に、いい選択をしたと思ってもらえたらいいな。
ちょっと漫画のような、本当のはなし。
人生、こんな奇跡もあるんだなーと、我ながらドラマチックなストーリーだったと思う。
ORANGE RANGEの「花」は、私にとって大切なエピソードの一節になっている。
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