自作短編 第四弾 『大好きの森』
小説サイトにて書いていた短編の一つです。御伽噺のような、絵本のような小説を目指して書かせてもらいました。
大好きなものはありますか? あるとして、それを大好きと言えることが、伝えることができますか? ……そんな話です。
『大好きの森』
ここは大好きの森。
不思議な森だ。この森は訪れた人たちに話しかける、そして、自分が本当に好きなものが何かを教えてくれるのだ。
「僕の一番の推しはいったい誰なんでしょう」
照れてる様子で喋るこのお方。見た感じオタクである。どうやら推しが多すぎて、誰が一番好きなのかが分からないらしい。で、この森に聞きに来たわけだ。
「……あなたは、両親のことを一番愛してます」
「えっ、いや、あの」
「確かにあなたは多くのキャラクターを愛してますが、そのどれよりも、自分を大切にしてくれている両親を愛してます。心の底では恩返しがしたくてたまらないはずです」
「……」
「気付いていないだけ。ちゃんとあなたは両親を愛してます。恩返し、できるうちにすべきでは?」
「……分かりました、ありがとうございます」
その人は森から去った。この森は恐ろしい。ときに自覚さえしていない好きを、言い当ててしまうのだ。あっ、また一人来た。
「僕が一番好きなのはなんでしょうか?」
いかにもナルシストそうな男だ。
「……それはあなた自身です」
ほら、やっぱり!
「そりゃあ僕が一番素晴らしい人間だからなぁ、仕方ないね」
なんかムカつくやつだな、おい。
「……しかし、あなたは同時に自分自身が一番嫌いです」
「えっ?」
えっ?
「自分に自信を持てず、いつも弱気な己が大嫌い。だから、無理にでも自分を持ち上げ、自信をつけようとしてる。自分を自分が愛してやらなければ、自分を愛してくれる人はもうどこにもいないような気がして」
「……」
「しかし、私は大好きの森ですから分かります。よく周りを見渡してごらんなさい、あなたを愛してくれる人、いますよ、確かに」
「……本当ですか?」
「……あなたに嘘をついてどうするのです」
そのあとしばらく男は黙っていた。そして
「ありがとうございます」
その一言を言い放ったあと、森から去った。この森は優しい……素敵だ。あっ、またもや一人、いや今度は二人一気に来た。
「早く来てよ!!」
「ちょっと待ってくれよ」
高校生くらいの二人の男女がやって来た。
「大好きの森さん!! お願いがあるの!」
「……なんでしょうか」
「こいつの好きな人を教えて欲しいの! 幼馴染の私にすら教えてくれないのよ!」
「……分かりました」
「ちょ、ちょっと待ってください、森さん! やめてください!」
二人とも必死だなぁ。一方、大好きの森は冷静である。
「しかし、人の好きな人というのは大事な個人情報です。それを教えろというのだから、あなたも覚悟はできてるのでしょうね?」
「えっ?」
「……まずはそちらの女性の方の好きな人を教えましょう」
「ちょ、なっ、勝手なことを言わな」
「そちらの女性が好きなのは、あなたですよ。あなた」
「えっ? 俺?」
女性は赤面してる。男の方も驚いたあとは赤面状態だ。
「そしてその男性の方が好きなのは、あなたですよ。あなた」
「えっ? 私?」
とんだ甘ったるい劇を見せられたもんだ、と私は思った。
「……」
二人とも急に静かになった。
「では、お幸せに」
大好きの森さんに顔はない、というより見えないが正しいが、今はきっと、母のような慈愛に満ちた笑顔で微笑んでいるに違いない。
そしてまた一人やって来たのであった。
私である。
「……ずっと気付いてましたよ、あなたが影から見ていたこと。どうしてここに?」
「私には好きという感情がありません。嫌いというわけじゃない、でも、どう足掻いても誰も愛せなかった。それを実感する度、私は自分が人間でないような気がして、つらかった。だから私はここに来たんです、私が好きなものに会える気がして……」
「……分かりました、あなたの大好き、調べてみましょう」
しばし沈黙が流れた。さっきまでスラスラ喋っていたくせに、大好きの森さんは全然喋らない。やはり私の心の中に大好きなものはないのだろうか。
「……これは驚きました」
何もない、ということに驚いたのかな。
「一つだけありましたよ、好きなもの」
「えっ!?」
「……なんとも言いにくいのですが、あなた、私のことが好きらしいです」
「あっ」
私は人の大好きを知りたくて、そして自分の大好きを知りたくて、この森をずっと見てきた。いつの間にか、この森を私は好きになっていたらしい……。
これにて『大好きの森』は以上です。ここまで読んでいただきありがとうございます! 短編小説はこの世界にたくさんあります。そのなかでも埋もれないように、個性がしっかりある作品を作れるようこれからも頑張らせてもらいますので、応援していただけると嬉しいです。ではまた。
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