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「あんた、いつ結婚するの?笑」

おい、大事なことだろ。聞くなら真剣に聞いてこい。

と思うくらい、親戚のおじさんおばさんというのは身内の近況にはミーハー的に関心があって、でもその人の心内には無関心だ。

結婚、しなきゃだめですかね?

とはいえ親戚のおじさんおばさんも、今はそういう時代じゃない、みたいなことくらいはわかってはいるらしい。

まあ、初婚が遅かったり、結婚自体、選択肢のひとつでしかなくなってはいるものの、やはり世間の風潮というか、空気感は、あまり変わってないように思う。

別に「結婚したい」と言ってるわけじゃないのに「独身です」って言うと高確率で「若いんだし、まだ大丈夫だよ」と励まされる。

だといいんですけどね〜アハハなんて笑っとくけど、このとき私は目しか笑ってない。マスクたすかる。

若いから独身でも大丈夫、って、まるで独身がそのうち大丈夫じゃなくなるみたいな話ですか? って、喉まで出かかる。出してしまったら駄目なのはわかる。

まだ他人にそこまで気を遣わせない年齢なのが救いなだけで、これから救いもなくなる、みたいな話しなんだろうな。誰もそこまでは言ってないけど。

突然、なんでこんな話をするのかというと、最近読んでる漫画の影響です。(以下、ネタバレ要素あります)

萩原ケイクさんの「それでも愛を誓いますか?」

まだ途中までしか読めてないので、今現在私が把握している範囲でざっくりあらすじを説明すると、セックスレスに悩む妻と、夫の不倫疑惑。その夫に近付くやべー女と、悩む妻の10歳下の同僚。

この4人でストーリーが巡ってくんだと思うんです。(本当にまだ序盤なんです)

まあ私はまだ大丈夫な独身(根に持ってる)なので、セックスレスに悩む妻に対しては「なんか、しんどいな」とやはり他人事に近いとても浅い感想。

不倫疑惑の夫には「おまえは馬鹿なのか?!」と野次のような感想ばかり。

感情を揺さぶられたのは、悩む妻の10歳下の同僚の男の子が母親に言った「学校卒業して就職して、それでも、恋愛をしていないと欠落があるように見えるかい?」というモノローグ。

この台詞がやけに刺さって、それから腑に落ちた。

これだけ多様性がああだこうだと言われている時代にも、消えない文化や風習はある。

結婚してない人は性格に難がある、見た目は悪くないのに恋人がいないってことは性格やばいんだろうな、とか。これって本当にずっと言われ続けるんだろうね。

人の想像は勝手だし、実際なんだかんだで確信でもあると思う。

でもそれがなんなんだっていう話よ。

性格に難なんて大なり小なりみんなあるでしょ。と思うわけです。

その難の部分が難にならない人同士が出会い、お互いがお互いの一番近くにいて、隣にいて欲しいときに隣にいて、欲しい言葉をくれたりあげたり、そうしたものを積み重ねた後に、二人で結婚という選択をしただけ。って、独身が言うと説得力ないけど。

要は欠落と欠落が一個になっただけで、凹凸がぴたりとはまっただけで、別個体としては欠落したまま。人間なんてのは、みんな欠落してるんだよ。そうに決まってる。

いや、そうであってほしいな。

寂しさを何で埋めるか。
喜びをどうやって分け合うか。
悲しみをどうやって消し去るか。
怒りをどんな方法で打ち消すか。

それを一人でしている人間を「欠落」とは言えない。私は。でも私は私を、欠落している、と思ってしまう。

心当たりは去年。四捨五入するとこれ多分付き合ってるよな、みたいな感じの好きな人がいてね。

夜お散歩しながら観たい映画の話をしていてなんとなく「観に行かないの?そろそろ終わっちゃうんじゃない?」って言ったら「そのうちネトフリで配信されるだろうし、いい」って返ってきて、その言葉を聞いて、なんかとても些細な憤りを感じてしまった。

好きなもののために足を運ぶことに喜びを感じる私は、その瞬間、胸からときめきの音が消えてしまったのを感じた。本当にぴたりと、止んだ。

そんなことで、と思う。自分でも。でもね、なんかダメだった。このことを思い出すたびに、私は些細なことで、人を好きでいられなくなってしまうんだな、と。

この欠落が欠落じゃなくなる誰かがこの世のどこかにいるなら、まあ、死ぬまでの間に見つける、くらいの気持ちでいる。

結婚なんて、うまいこと出来れば万歳。
できなければ、それはそれで万歳。

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