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5冊目 『アイディアシートでうまくいく!算数科問題解決授業スタンダード』

教育社会学の分野で見られる「教師のライフヒストリー」研究というものがあります。教育的な信念や学校観・教師観などがどのように形成されたり、変化していったりしたかについて、インタビューなどの手法を用いて分析するものです。

もし仮に私がその研究の対象者になったとしたら、教師観や授業観、仕事に対する向き合い方が大きく変わっていった節目がいくつかあることに気付くはずです。
その節目の一つが、この著書の原稿を執筆した頃にあたります。

新卒一年目から専門を算数教育に決め、いろいろと取り組んできました。初めに配属された小学校に、札幌市内でも著名な算数の実践家がおり(当時は教頭先生でした)、自ずと学校外の仕事にも関わるようになっていきました。

学生時代からずっと自分の弱点だと分かっていたことがあります。
一言で表すとすれば、それは「置きに行く」。
学業や仕事に対して、自分であらかじめ適当な限界を決め、そこに到達することを目標とする感覚です。相手のある仕事であれば、その人に否定されない程度のギリギリで仕上げればよい、ということを無意識に行うのです。

ですから、学業でも仕事でも、心から満足したり、夢中になって取り組んだりすることはありませんでした。「置きに行く」のですから、自分から進んでその先を学ぼうとしませんし、大変なことからは避けたり逃げたりします。教師になってからは、多忙さも相まって、とても一つの仕事を突き詰めたり、やり切ったりすることはできなくなりました。

そのような姿を客観的に理解する自分もいるので(メタ認知の力はかなりある方だと思います)、理想とのギャップに苦しみ、ますます劣等感を高めていた時期とも重なります。

新卒から6~7年経った頃です。
教師としての仕事にもだいぶ慣れ、学校外の算数の仕事も数をこなし経験を高めてきた頃に、この本の執筆依頼が来ました。

この本は、25名程の算数仲間(みな、札幌市内の小学校教員)が共同で実践を執筆しまとめられたものです。それまでの私であれば、やはり「置きに行く」仕事で終わらせていたでしょう。けれど、算数の授業研究や、文章を書くことに、強い意欲が高まっていました。せっかく本を出すのだから、よりよいものを書こうという気持ちになっていました。劣等感は少しずつ薄れていました。

ですから、この時は本当に充実した気持ちで執筆にあたることができました。原稿の中には、授業の場面を説明するための「板書(子どもの意見などが書かれた実際の授業黒板)」を撮ることが必要でした。この「板書」は、実際の授業の際の写真を撮ってもよいのですが、私は、より読者に分かりやすい写真にしたいと思い、子どものいない放課後の教室で、何度も何度も書き直しました。

実際の授業をイメージし、
「はじめに、子どもからこういう意見が出て…」
「その意見は黒板の上の方に書いて…」
「黒板の右と左をうまく使って、比較できるように…」

25名の原稿を取りまとめている先生と、写真データのやり取りを何度も繰り返し、その何回目かでようやく納得のいく形に落ち着きました。
とりまとめている先生から、当時の私の仕事ぶりが以前と変わったことを指摘され、褒められたことは今でもよく覚えていますし、自分自身にその変化の実感があったので、殊更嬉しく感じました。

大きな節目の一つを経て、算数の仕事がさらに楽しくなっていきました。
ですから、この本は私にとって今でも大事なものとして、本棚にしまってあります。このような縁は、人生の中でかけがえのないものだと改めて気付かされるのです。

『アイディアシートでうまくいく!算数科問題解決授業スタンダード』
(明治図書)
監修:
磯田正美
編著:田中秀典・末原久史

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