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『関心領域』~人は愚かであり希望もある

いよいよ公開と意気込んで『関心領域』を鑑賞。
こりゃ賛否両論を生む作品だと感じましたが、好みと感性の問題のような気がしました。
個人的にはこの映画は対しては賛です。
本当に怖い映画だと感じました。

そして、またしてもA24の映画と分かり、今の時代にフィットしたあらゆるジャンルの高品質な映画を製作している会社だと感じます。

難しそうな映画だと感じたので、予習をしていきましたが、必要最低限のセリフと音で物語を把握していく展開に集中力が必要でした。
難しい映画ですが、これはエンタメではなく人間力を試してくる映画であり、人間の愚かさや凡庸の中にある悪を描いていて、今も繰り返しているという絶望とその中にある人間の善への希望を感じます。

ずっとクローズアップというものがなく、淡々と俯瞰するような情景が続きますが、和やかに豊かな生活を送る一家の映像の中の違和感をどんどん感じていきます。
そして、だんだんと明らかになって行く状況。
この一家はアウシュビッツ収容所の隣にある所長のルドルフ・ヘスの家族たち。

当たり前のように妻であるヘートヴィヒの行動から収容所のユダヤ人から奪った毛皮や宝石、衣服を自分のものにしていたり、服を使用人たちに選ばせていたりとおぞましいのにみんな何とも普通なのです。
この服や宝石は誰のもので、その人たちはどうなるのか?
そんな事は彼女の関心領域にはなく、あるのは自分の生活の豊かさだけ。

彼女の母を豊かな自宅に招いたのですが、数日後に母は逃げるように帰宅します。
そう、隣の収容所からの煙や匂い、音から何が行われているかわかるから。
あまりのおぞましさに逃げ出してしまったのでしょう。
これも起床後に母がいなくなり、置手紙を読んで、焼き捨てるヘートヴィヒの行動からの推察にすぎませんが、それを推察する力も必要とされる映画でもあります。

ヘス自身も家族や妻を愛し、勤勉に命令をこなす有能な人物です。
世が世なら出世株の社員といったところ。
転属でアウシュビッツを離れることが決まると、妻から「こんな素晴らしい家が手に入ったのに去るだなんて。私はここに残って子どもたちを育てる」とまで言われてしまう。
まるでマイホームを建てたばかりで転勤が決まった単身赴任の夫みたいでした(笑)

奥さんが我が強くてなかなか凄い。
でもこういう人っているなと思いました。
子どもたちにもちょっと情緒がおかしくなっている子もいたし、収容所の隣にあるっていうことは悲鳴や銃声、匂いや煙だってわかるので、いたたまれないはず。その鈍感さと関心のなさに驚くばかりです。
彼女は貧しい出身だったようで(母がユダヤ人のお金持ちに雇われていたセリフから)、今の豊かな暮らしにしか興味がない。
演じるザンドラ・ヒューラーさんの見事さよ!
あのガニ股っぽい歩き方も凄くよかった。
『落下の解剖学』も素晴らしかったですが、こちらの演技も怖すぎて素晴らしすぎました。

また、妻の尻に敷かれているヘスも病んでる描写が時々差し込まれるので、可哀想とは全く思えないし、不快感も増すばかりです。
あくまでも彼は任務を遂行する有能な人物ではあるが、環境で人間性がおかしくなっていたようにも思う。

そして終盤にヘスが診察を受けたり、嘔吐するシーンが出てきます。
それに妻に電話したシーンも異常でした。
これは私の推察でしかないですが、ヘス自身もこの残虐な行為に違和感と罪悪感を感じつつ、任務としてやっている無理が体と心にきていると感じました。

それとは対をなすかのような夜にこっそりとリンゴを埋める少女のシーン。
最初は良く分からないのですが、度々出てきて最後に囚人たちの作業場にこっそりと食べ物を隠して囚人たちを助けようとしていると気づきました。
彼女の勇気ある行動とヘス一家の日常は人間の一面にしがすぎない。

タイトルにあるように関心領域でまるっきり違う世界だし、人は愚かであると感じるし、その中に希望もあると感じる。

こんな状況は今だって続いている。
永遠の人間の課題なのかもしれない。
だからこそこの映画を観て自分を省みることができたらと感じた。

かなり挑戦的で斬新な映画ではありますが、
このインパクトと普遍的な問題。
見事だったと思います。

監督のジョナサン・グレイザーさんの映画は初めて観ましたが、映像感覚が素晴らしいと思ったらジャミロクワイの有名なミュージックビデオを作った方でした。
映像感覚と優れた問題提起。
次回作も楽しみにしたい監督さんに出会いました。


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