いつの間にか私の中で絶対の基準になっていたものを、壊してみたいの|小説『鹿の王 水底の橋』
清心教の祭司医・真那の難病の姪を診る為、清心教医術の発祥の地・安房那領へとやってきたホッサルとミラル。
当初、関節熱の可能性が高いと見立てられた姪は、急変した様子から、出血病の可能性が高まった。
出血病 ――古い東乎瑠の言葉で香枝ノ病と呼ぶ、その病であれば、場合により止血薬が有効だが、どれも根本的な解決にはならない。
しかし、清心教技術の“源流”と呼ばれる医術を施す土地には、香枝ノ病に効く薬があるかもしれない。
“源流”である医術の残る花部という土地に赴くことになったホッサルたち。
しかし、それは東乎瑠帝国の後継者問題、動物の血を忌み嫌う清心教のオタワル医術への弾圧の可能性、そして、250年前に滅びたオタワル王国の末裔であるホッサルと平民であるミラルの関係にも影響を及ぼす、様々な者たちの思惑の絡む旅の始まりだった。
『鹿の王』スピンオフ作品
著者は 上橋菜穂子
出版社は KADOKAWA
掲載誌・レーベルは 角川文庫
発売 2019年3月
本作は読み切り作品。
本編である『鹿の王』は2015年本屋大賞受賞、第4回日本医療小説大賞受賞。単行本上下巻(文庫本全4巻)。完結済。
ホッサルとミラルの関係の変化が良かった
長らく積んだままにしていた作品だったのですが。
あー、やっぱり読むんじゃなかった。
超面白いのに、このシリーズこれ以上ないじゃん!
政治、医術、そしてホッサルとミラルの関係が大きな軸になると思うのですが。
清心教医術って、本編『鹿の王』の時は民間医術っていうか、オタワル医術に比べて、信仰とかの割合が多い、ってイメージでしたが(決してそれが無力というわけではないけど)印象が変わりました。
登る道が違うだけで、この2つの医術は同じ場所に辿り着いている。
政治的な面で言えば、恋人同士、というよりはほぼ事実婚に近いホッサルとミラルがそのままではいられない状況になったわけですが。
「同じオタワルの人なんだし、問題は身分差だけだよなー」と思っていたけど、そうではなかったな、と。
ホッサルの結婚は、ミラルが平民だから駄目、というだけではなく、国という後ろ盾を持たないオタワル医術に携わる人たちの為にも、有力なコネを得られる結婚じゃなきゃ駄目だったわけね。
『鹿の王』本編の時から、この2人の関係は、仲違いをしている訳でもないのに、変わった雰囲気だな…と思っていたけど、お互いに一緒になれないとわかっていながら諦めきれないホッサルと、いつか別れることも受け入れて一緒にいたミラルの温度差だったのかなと思いました。
この違いは、2人の身分差から来るチャンスの違いもあったのかな。
身分の高いホッサルの方がチャンスが多く、選択肢があり、まだ逃げ道があるかもしれないと思えるからこそ諦められないけど、ミラルは身分の低さからチャンスは少なく、選択肢がないから、ここが潮時だと判断したのか。
あまり態度や言葉にはっきりと出す2人ではなかったけど、タイトルにもある水底の橋のように嵐で流されてしまった2人の絆が、嵐が去った後に思わぬ形で現れたのに身震いがしました。
単純に見れば、容姿も良く地位も高いホッサルと、それを支えるミラル、という間柄だけど、離れられないのはホッサルなんだよな。
ミラルはただ泣く泣く身を引くなんてことはなく、一歩一歩、自分の道を歩み始めるのがカッコいい。
あー、やっぱり読むんじゃなかった。
もっと読みたくなっちゃうじゃん。
もう続編ないのに。
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