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7月24日(金) ~シュンのひみつ日記

 今日あったことは親にも、先生にも知られたくない。
 日記は学校の宿題だから、みんなに読まれてしまう。だから、あっちの日記はもうテキトーに「メシ食った」とか「遊んだ」とか書いておこう。成せきとか知らん。これから本当にあったことは、こっちのひみつ日記に書くことにする。

7月24日(金)【くもり】

 久しぶりにタケちゃんが島に来た。チンコのけんで親にしかられてから、一度も会っていなかった。タケちゃんもノブもめっちゃしかられたらしい。
「まだ続けるとや? 海ぞく活動」
 タケちゃんが不安そうにきいてきた。ノブもイヤそうな顔で、
「いいかげん、大人になろうよ~」
 と言った。ノブの口ぐせだ。一ばん年下のくせになまいきだ。タケちゃんは五年生で、ノブは三年生だけど、学校では同じクラスだ。
 だいたい、親にばれたのはノブがしゃべったせいだ。なにが大人になろうよだ。でも、もうおこられるのはイヤだ。

「海ぞくはやめた。今日から俺、かんとくになる」
「かんとく?」
「このカメラ見てって。すごかろうが!」
 おもいきり二人にカメラをじまんしてやったら、「何これ? こっとう品?」とタケちゃんに言われてしまった。
「何でそげんでかいと? これでいいやん」
 と、ノブがポケットからスマホを出してきた。ぼくが欲しくてたまらないやつだ。ノブはぼくとタケちゃんを録画して、その場ですぐに再生して見せた。
「きれいかろ? 軽かろ? 編集もカンタンやし」
「ユーチューブにもアップできるしね」
 タケちゃんまで向こうの味方についてしまった。ぼくが一ばん腹が立ったのは、ノブのくせに「編集」という言葉を知っていたことだ。だれに教えてもらったんだ。

 ぼくはスマホを取り上げ、砂浜の方におもいきり投げてやった。
「あーっ! 何しようとやバカ!」
 走って拾いに行くノブに、「こっちは百万たいバーカ!」と言ってやった。ノブはバカなので信じるだろう。
「とにかくおれたちで映画撮るぜ!」
 ぼくはルーカスなのでスターウォーズを撮ることにした。タケちゃんは男前なのでルーク役。
「いいけど、ダースベイダーはどうすると?」
「他におらんけん、ノブにやらせる」
「ダースベイダーってなん? カッコいい?」
「悪役やけどな」
 タケちゃんが、「それなら衣しょうと小道具がいるな」と言った。
「よし、学校行こうぜ!」

 フェリー乗り場から坂道をのぼって、学校へ行った。教室に置きっぱなしにしていた坂本くんの柔道着を借りることにした。
 タケちゃんに柔道着を着せると、ルークっぽく見えた。胸に坂本って書いてるけど。
「ダースベイダーはどげんしよっか?」
「もう剣道着しかないやろ」
 乾くんの剣道着を借りて、ノブに着せた。ノブはチビでデブなので、ちっとも怖そうに見えない。
「もういい、これでいこう。あとはライトセーバーやな」
 ぼくはゴミ捨て場の竹刀を二本拾って、スプレーで青くした。
「よし、じゅんび完了! 撮影始めるぜ!」

 西の浜は夏休みでも人があまりいない。防波ていの先まで行って、タケちゃんルークとノーブベイダーを並ばせた。三脚にカメラをセットして、画面のこうずを決めた。父ちゃんが言うには、ただ並んでいるより相手の背中ごしに撮った方がカッコいいらしい。なめるという言い方をするらしい。
「肩なめで撮るけん、ノブはタケちゃんに突進して。そんでしばらくチャンバラやりよって」
「どっちがどっちの肩なめると? おれ、イヤやー」
「そういう意味やないったいバカ! ほら行くぜ! シーン1カット1、レディ・アクション!」
 と中でノブがいい感じにコケてくれたので、面白くなった。
「カットォ! はいチェーック!」

 テープを巻き戻して、ファインダーで確認した。水無瀬かんとく、初めてのカット。でも、なんかピントが合ってない気がした。
「あっ! フォーカスばマニュアルにしとった! もっかい、もっかいやるぜ!」
「えー?」
 そんなことを言っていたら、どこかから声がした。
「なんしよっとや? シュン」
 防波ていのすぐ近くに、半分沈んだ船があって、みんなからゆうれい船とよばれていた。そこでザコ兄ちゃんがうんこ座りをして、タバコを吸っていた。
「ザコー!」
「あ? 誰がザコや。くらすぞきさん」

 ザコ兄ちゃんはヒマなので、しょっちゅう島へ遊びに来ている。何歳か知らないけど、しゃべっているうちに仲良くなった。名前が佐古だからザコと呼んでいる。
 ザコ兄はこっちに飛び移ってきて、カメラをふしぎそうに見た。
「なんやこのボロいカメラは」
 ザコ兄は背が高くてすごく男前だ。なのに、いつも鼻から鼻毛が一本のびている。
「映画撮りよったとや? 俺ば主役にしろ。アカデミー賞かくじつやぜ」
 バッテリーが切れかかっていて、ザコにかまっているヒマはない。

「さっきのシーンやけど、もうノブがやられるとこまで一気にやるぜ。タケちゃんがノブにトドメさすけん、そっからノブ海に落ちれ」
「えー? イヤやー!」
「いいけん、やれ!」
「じゃあシュンがやればよかろうもーん」
 ノブが年下のくせに口ごたえをしてきた。ぼくはかんとくなので、海に入るわけにはいかない。そしたら、ザコ兄がニヤニヤしながらタケちゃんとノブに何か言おうとした。
「そりゃ無理な話ばい。だってシュンって、アレやもん」
「アレって?」
 ザコが言い終わる前に、ケツを蹴って海につき落としてやった。ぼくは話題をかえようとして、言った。
「バトルばっかやっても、なんか物足りんなあ」
「しょうがないやん、シュン。俺とノブと佐古さんしかおらんっちゃけん」
 男が何人いても画にならない。やっぱり女だ。映画には女優がいないとダメなのだ。
「どっかおらんかなあ。レイア姫やれそうなやつ……」
「レイア姫なあ。ノブの姉ちゃんは?」
「あれはぶさいくやろ。ジャバ・ザ・ハットならいいけど」
 とか言っていると、海からザコ兄が顔を出して、言った。
「姫やな! 俺にまかせとけ!」

 ザコ兄に言われて、フェリー乗り場に移動すると、ちょうどフェリーが着いたところだった。ザコ兄は、おりてくる人たちを見ながら、「うーん、おらんなあ。このフェリーに乗っとうはずやのに……」とか言っていた。
「ザコ、誰ば探しようと?」
「蓮たい」
 蓮姉には言ってないけど、ザコ兄は前から蓮姉が好きらしい。あんなおとこおんなのどこがいいんだろう。
「あ、バカ姉」
 やっと蓮姉がおりてきた。ダンスの練習帰りかな。ザコ兄はうれしそうに走っていって、「蓮、お前がレイア姫や」と言った。
「は? なん言いようと?」
 ザコ兄は、みやげ物屋から取ってきたダスキンの黄色いモップを、蓮姉の頭にのせた。
「にあっとうやん蓮、外人に見えるばい! レイア姫! バリかわいいー!」
 怒った蓮姉は、モップをザコ兄に投げつけた。そして、「死ね」と言って帰っていった。タケちゃんが、それを見ておもしろそうに言った。
「佐古さん、いっつもいらんことして嫌われよりますね」
 ぼくもそう思った。

 おりてくる人たちの中に、野中のジジイがいた。西の浜からちょっとのぼったところに住んでいる画家だ。変わり者なのはいいけど、すぐ怒るので、ぼくは好きじゃない。島のイベントにも参加しないので、みんなからも嫌われている。
 そのジジイが、知らない女子をつれていた。
 麦わら帽子で顔はよく見えなかったけど、ぼくと同じくらいの歳みたいだった。気になってずっと見ていたら、強い風が吹いて麦わら帽子が飛ばされた。そしてぼくの足元に落ちてきた。

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 拾ってあげたら、向こうからその女子が走ってきて、帽子をひったくってきた。まるでぼくが盗んだみたいに。
 その顔を見てドキッとした。外人だった。リアル外人を見るのは初めてだった。目が青っぽくて、晴れた日の海みたいで、肌が白くて、髪はうすい茶色で、ホントにアメリカの映画に出てくるようなきれいな顔だった。
 その子はぼくをなぜかにらみつけるようにして、帽子をかぶってさっさとジジイのところへ戻っていった。
 レイア姫が来た! こんな小さな島に。映画のヒロインはあの子しかいない。

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明日のにっき

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