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8月3日(月) ~シュンのひみつ日記

 やっぱりダメだ。ユイをあのままにしてたらアトリエから出てこなくなる。せっかく女優デビューしたんだから島の人ともなかよくなってほしい。

 昼すぎにジジイのアトリエまで行ってみた。けど暑いし、待っててもしかたないので、あきらめて戻った。
 フェリー乗り場の前を通りかかったとき、ユイを見つけた。
「ユイ! どこ行くとや?」
 ぼくを見てユイはいやな顔をした。島を出るつもりだったらたいへんだ。
「おじいちゃんのおつかい」
「なら売店があるやろ」
「ここには売っとらんけん」
 ユイはさっさと改札を通ってフェリーに乗り込んでいった。ぼくも乗ろうとしたけど、70円しかなかった。

 でもぼくはあきらめないのだ! 近くの港に行ったら、ちょうど漁から戻った父ちゃんがいたので、「あっちまで乗せて!」と言った。父ちゃんはめんどくさそうに白鯨丸を出してくれた。
 フェリーより父ちゃんの船の方がずっと速い。ぼくは姪浜の乗り場に先回りして、ユイが下りてくるのを待った。いきなり出てきたぼくに、ユイはびっくりしていた。
「何でおると?」
「おれも行く」
「は?」

 ユイは、あきらめたような顔をして歩きだした。街のスーパーで、ユイがジジイの買い物をすませるのを待った。
 これからどうしようか考えた。どうやったらユイがきげんを直すのか分からないけど、思いついたことを言ってみた。
「いっしょにあたご山行こうぜ」

 あたご山は島からでも見える小さい山で、ちょっと階段はきついけどすぐてっぺんまでのぼれる。てっぺんにはあたご神社があって、そこから見るけしきは最高なのだ。福岡タワーもドームも海も全部見える。これをユイにも見てほしかった。
 さっきまでふきげんだったユイも、「わー! すごい!」と言ってよろこんだ。晴れているので、能古島もよく見える。
「あれが能古島やな」
「ここから見るとホントに近いね」

 ユイはポケットから100円玉を出して、コイン式の双眼鏡を使った。お金がもったいないのでぼくは一回しか使ったことがないけど、このでかい双眼鏡なら、島の浜くらいはよゆうで見える。それを島の方に向けているユイに、何て言おうか考えた。
「別にな、みんなお前のこと、じゃまとか思っとらんけん」
 ユイがぼくの方を見た。もう怒ってる感じじゃなかった。
「ちゃんと説明せんジジイが悪いったい」
 って言ったら、ちょっと笑ってくれた。ああよかった。これでまた島に戻ってくれる。映画もまた作れる。

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 しばらくたって、けしきにもあきてきたので、「帰ろうぜ」と言った。そしたらユイが急にまじめな顔になって、「ねえシュン」と言った。名前を呼ばれたのは初めてだ。ちょっとドキッとした。
「シュンは、何で私ばスカウトしたと?」
 何かと思ったらそんな質問か。
「いや、外人が欲しかったけん」
 あっ、と思って「外人じゃないけど」とつけ足した。外人って言ったら怒るから。
 ユイはまた質問してきた。
「じゃあ……私の見た目が普通やったら、どうしとった?」
「スカウトせんやった」
「何で?」
「他のやつと変わらんけん」
 さっきから何を聞いてるんだろう。よく分からん。すると、ベンチに座っていたユイが立ち上がって、ぼくに近付いてきた。
「そしたら……私の見た目が今のままで、シュンが映画カントクやなかったら、どうしとった?」
「いじめとったっちゃないかいな」
 当たり前すぎてすぐに答えたら、ユイは「えっ?」とびっくりしていた。目を大きくしてぼくを見てくる。青くてきれいだなあと思った。
「何で?」
 また質問だ。ユイはめっちゃ顔を近付けてくる。よく分からんけど、何か答えが聞きたくてしかたないって感じはした。
「何でって、人と違うけん」
「人と違っとったらいじめると?」
「うん」
「何で?」
「おもしろいけん」
「見た目が違うのが?」
「うん」
「そんだけのことで、いじめると?」
「ふつう、そうやろ」
 ぼくが答えると、急にユイはだまりこんだ。さっきから当たり前のことばかり聞いてくる。けど、ぼくの言うことにびっくりしたような、ふしぎな顔をしている。
「どうしたと?」
 ユイはぼくから少しはなれて、けしきを見た。
「あーあ。バカみたい」
 顔は見えなかったけど、ちょっと笑ってるような声だった。ぼく、変なこと言ったかな。

 きのう、公民館の前でユイがさけんだことを思い出した。ああそうか。ユイはいじめられてきたのかも。学校とかで。人と見た目が違うから。でも、人と見た目が違うから、ぼくは女優としてスカウトした。

 ユイは勝手にスッキリした顔になって、「帰ろ」と言ってきた。今までに見たことがないような、やさしい顔だった。ぼくは耳のうらのところがビーンと熱くなった。そのあとちょっとしてから、走ってもないのに心ぞうがドキドキした。

 帰りのフェリーで50円借りた。はずかしい。
 ユイをジジイのアトリエまで送る。ずっと好きなテレビとか芸人とかの話をした。何をしゃべっても楽しかった。
「あ、このへんでいいよ。もう遅いし」
 確かにもう夕暮れだったので、ぼくは戻ることにした。でもまだなんか言いたい。ユイのことがやっと少し分かったけど、それを言うのもはずかしい。
 それで、ぼくはひとさし指をユイに向けた。E.T.のまねだ。
「E.T.? 私、宇宙人ってこと?」
 ユイが笑った。
「今まではな」
 E.T.にこんなシーンはないけど、ユイもひとさし指を向けてきた。指と指がちょこんと当たった。静電気みたいにビリビリッとした。
 夕日でユイのかみの毛がもっと金色になった。
 ひぐらしがうるさいくらい静かに鳴いていた。
「じゃあ、また明日」
 と言って、ユイは歩いていった。ぼくは、しばらく動けなかった。

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 晩ご飯のときも、ずっとユイの顔を思いうかべていた。なんかほっぺたがニヤニヤする。
 今日あったことを父ちゃんに聞かれて、蓮姉はいつもみたいに「別に」と言った。
「別にがあるか。シュンは?」
「別に」
 父ちゃんも母ちゃんも、ふしぎそうな顔をしていた。

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明日のにっき

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